百人町に高校の教科書を買いに行く


高校の教科書を買いに出かけた。
教科書というのはいざ買おうとすると
書店でも見あたらないし、意外にやっかいだ。
都道府県に少なくとも一軒、
一般の人にも教科書を販売する会社があって
東京は総武線大久保駅近く百人町にある。「第一教科書」である。



平日の9時から17時の営業のみで土日祝日は休み。
信販売、オンライン販売も受け付けていないから、
この時間帯にこの場所に行かなくては買うことができない。
この日、ようやく午前中にすきま時間を作れたのでやってきたのだ。



めざす教科書はご覧のように倉庫に並んでいる。
ここでめぼしい本を見つけたらレジで会計する。
いやぁ、宝庫だ。なんだかワクワクする。
新学年が始まるときの気持ちが蘇る。
そもそも僕が高校の教科書を読もうと思ったのには理由が三つある。


古文の読解 (ちくま学芸文庫)

古文の読解 (ちくま学芸文庫)


第一は、敬愛する小西甚一先生が
著書『古文の読解』(1962)のプロローグでこう書いていることだ。


  それからぜひ必要なのが、古文の教科書そのものである。
  というと、変な顔をなさるお方があるかもしれないけれど、
  それは心得ちがいというものだ。
  教科書をおっ放り出して、
  何かほかに速効薬みたいな参考書をもとめるくらい
  ばかげた話はない。
  ろくに食事もしないで栄養剤ばかりのむようなものだ。
  (中略)
  いまの教科書は内容がひどく豊富で、
  どうかすると学年のうちに消化しきれない程だ。
  この本で学んだ要領を、豊富な材料相手に活かしていけば、
  これくらい経済的な学習方法はあるまい。


                    (同書 p.013より引用)


小西先生にこう書かれたら古文の教科書が欲しくなるでしょう。


第二には、作家/起訴休職外務事務官の佐藤優
高校卒業レベルの学力を保ち続けるのは
知的生活・活動の基本であると折に触れ書いていることだ。


理解しやすい政治・経済(改訂版)

理解しやすい政治・経済(改訂版)


佐藤が推薦する『シグマベスト 理解しやすい政治・経済』を読み、
座右の書のひとつにしているが、確かに役に立つ。
日々、テレビ、新聞、雑誌、新書などを読んでいても
案外知識の基本が欠落していることがよく分かった。
政治・経済に限らず、佐藤は英語や数学でも
高校レベルの知識を教科書・参考書でさらい直し、
キープし続けることを強く薦めている。
このことが僕には説得力があった。


30代からの自己プロデュース―自分を変える鍛え直す

30代からの自己プロデュース―自分を変える鍛え直す


第三の理由はビートたけしである。
フジテレビのプロデューサー、吉本興業の東京本社代表を務めた
横澤彪が著書『30代からの自己プロデュース 自分を変える鍛え直す』に
こう書いている。引用する。


  私の知っているタレントで、
  一番努力しているのは、ビートたけしである。
  ずいぶん昔のことだが、彼の隠れ家を覗いたことがある。
  書棚に並んでいたのは、中学、高校の全科目の教科書であった。
  これは、すごい目の付けどころである。
  むずかしい本を読まなくても、
  必要な知識は高校生までの教科書の中に
  すべて入っているのである。
  この努力が「平成教育委員会」という番組を生んだ。


                     (同書 p.69より引用)


ビートたけしの隠れ家は
おねえちゃんと密会するための場所でなく、
自分が研鑽する勉強部屋であったのだ。
そこに中学高校全科目の教科書が並んでいたことは僕には印象的だった。



以上三つの理由が動機となり、
僕は大久保の百人町に出かけ、
倉庫で7冊の高校教科書を選び、購入した。
現代文、古典(2冊)、物理(2冊)、英語(2冊)の計7冊。
おもしろいことに、教科書には定価が書いていない。
会計するまでいくらか分からないのだ。
非課税であり、7冊で5,505円支払った。
一冊あたり787円。新書一冊分である。


「現代文」の表2表3には元同僚・佐藤雅彦の『プチ哲学』から
「中身当てクイズ」のイラストレーションが引用されている。
本文にも漱石や鴎外と並んで、
佐藤の「前の駅でました」(『毎月新聞』より)が
「ものの見方・考え方」の教材として掲載。


プチ哲学 (中公文庫)

プチ哲学 (中公文庫)

毎月新聞 (中公文庫)

毎月新聞 (中公文庫)


英語リーディングの教科書では、
ティーブ・ジョブズスタンフォード大学の卒業式で行った
伝説のスピーチ、"Stay Hungry, Stay Foolish" から
Lesson 1が始まる。



いやぁ、驚いた。
高校を卒業して40年近くたとうとするが、
教科書は変化し、進化している。
人類の知識や文化の蓄積に、
現代を呼吸する内容を選択・追加して更新している。
NHKのラジオ・テレビ語学講座は
僕の普段の勉強を支える宝庫のひとつであるが、
百人町にもうひとつの宝庫を発見した気分になった。



大久保駅界隈は韓国料理の店が並ぶ。
昼食を取りにその中の一軒に入ってみた。
豆腐チゲの定食に四皿の小鉢が付いてくる。
とうもろこし茶と食後にミルクコーヒー(インスタント)が出て、
帰り際に韓国製チューイングガムを一枚おまけにくれて550円。



韓国の人たちが異国で商売をし土地になじむために
大変な努力をしていることが想像できる価格だ。
しかも、おいしい!
このあたりは、韓国料理の宝庫でもあるのだ。


(一部を除き文中敬称略)