『龍のかぎ爪 康生(上・下)』(2011/1992原著)


ジョン・バイロン/ロバート・パック(田畑暁生訳)
『龍のかぎ爪 康生(上・下)』(2011/1992原著)を読む。
魔力のある本である。


龍のかぎ爪 康生(上) (岩波現代文庫)

龍のかぎ爪 康生(上) (岩波現代文庫)

龍のかぎ爪 康生(下) (岩波現代文庫)

龍のかぎ爪 康生(下) (岩波現代文庫)


中国現代史の暗黒面を
毛沢東の背後で一手に引き受けた感のある男、それが康生だ。
1975年、77歳で死去したとき、
毛沢東周恩来に次ぎ中国共産党序列三位、副主席であった。
その名は意外なほど知られていない。



康生は権力を手に入れるために謀略の限りを尽くす。
事実捏造、自白強要、拷問、処刑、裏切り、略奪。
すべてモスクワ仕込みである。
農民、軍人出身の政治家が多数を占める中国共産党
康生は知的で洒落者で芸術を愛する高級官僚であった。
書と画の腕前も知られている。
いまでもすべての謎が解明しきれていない文化大革命の、
最初の火付け役を背後であやつったのも康生である。



もし彼が病に冒されず、
毛主席の死後、最高権力者の座を手に入れていたとしたら……?
歴史ではタブーの「もし」を僕は考える。
おそらく中国、日本、東アジア、そして世界は
いまの構造、パワーバランスとは異なるものになっていたろう。
田畑光永(現代中国研究者)が解説の最後で
現代の中国共産党についてこう書いている。


   党内における権力の不透明性、
   党外の反権力に対する躊躇なしの実力行使、
   いずれも康生の育てた土壌である。


                   (p.302)



死後5年で党籍剥奪、反革命集団の主犯。
現代中国の権力者たちは康生を遠い過去の遺物にしようとしている。
しかし「民権」に関する限り、
中国の暗黒面は変わっていないと田畑光永は指摘する。



本書は訳者・田畑暁生が大学院生のとき
出版のあてもないまま翻訳した原稿が元になっている。
それからおよそ20年後、
岩波書店編集部・林建朗が出版を実現した。
原著者二人とも連絡を密にして日本語版に仕上げた労作である。
文献一覧、書誌、人物注解、康生年譜、
事項・人名索引がきわめて充実している。
中国現代史の理解を深めるために必読の書である。


The Claws of the Dragon: Kang Sheng - The Evil Genius Behind Mao - And His Legacy of Terror in People's China

The Claws of the Dragon: Kang Sheng - The Evil Genius Behind Mao - And His Legacy of Terror in People's China


原題は、


   THE CLAWS OF THE DRAGON
   Kang Sheng, the Evil Genius behind Mao
   and His Legacy of Terror in People's China(1992)
   by John Byron and Robert Pack


Dragonは毛沢東であり、
Claws=かぎ爪は毛の汚れ役を引き受けた康生である。
「康生、毛の影にいた悪の天才、人民中国における恐怖の伝説」。
副題が内容を簡潔に要約している。
本書は僕が信頼している書評家のひとり、
坪内祐三のコラム「文庫本を狙え!」(『週刊文春』連載)で知った。


wikipedia:康生
wikipedia:en:Kang Sheng
wikipedia:坪内祐三



(文中敬称略)