坂野潤治『日本近代史』(2012) を読んでいて
気になった名前があった。
「武藤貞一」である。
この好戦的で合理主義的な軍事評論家が
1937年9月7日に発行したこの本
(引用者注:『日支事変と次に来るもの』)には、
驚くべき予測が並んでいる。
(『日本近代史』p.437より引用)
- 作者: 坂野潤治
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2012/03/01
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武藤の予測はこうだ。
日中戦争が日米英戦争に発展した場合、
米空軍の日本本土爆撃が起こり、
銃後を守る婦人たちはモンペ姿で
焼夷弾が降り注ぐ中、鎮火に当たる。
米は配給となりひとり一日当たり二合七尺になる。
身の廻りの金属製品は徴発されて武器に造り替えられる。
さらに武藤の著書から孫引きする。
世界は全く一つの戦争の坩堝に入ってしまった。
日支戦局は何か意外なドンデン返りを打たざる限り、
行くところまで行かざるを得ない情勢にある。
そしてそこへ、ソ連にせよ、イギリスにせよ、又はアメリカにせよ、
支那と緊密なる関係国が一歩でも乗り出せば、
ここに日支間の局面は、須ゆにして世界的大事変の口火に
点火することとなるであろう。
(『日本近代史』pp.439-440に引用された
『日支事変と次に来るもの』p.14より孫引き)
坂野は武藤についてこう記す。
1937(昭和12)年7月7日の慮溝橋事件の直後に、
ここまで暗い未来図を描いたものは、
武藤貞一以外にはいなかったと思われる。
(『日本近代史』p.440より引用)
著者の武藤は朝日新聞の論説委員ながら、
対中、対英戦争への国民的覚悟を煽った
軍事評論家で有名であった。
筆者(引用者注:1937年生まれ)より
四、五歳年上の世代の人は、
「武藤貞一」というと、それだけで顔を背ける。
(同書p.436より引用)
坂野の著書の最後に突然現れた
「武藤貞一」に僕は興味を持った。
アマゾンマーケットプレイスで検索してみる。
坂野が引用した『日支事変と次に来るもの』は見つからなかったが、
武藤の他の著書を見つけうち7冊購入した。
もはや稀少本だが中には捨て値同然の本もあった。
いくつかの著作は英語に翻訳され出版されている。
武藤の著作は戦後アメリカの焚書の対象になった。
(『武藤貞一評論集 脱占領体制篇』(1972; 動向社)より
著者写真を引用)
僕は武藤の名前も著書もこれまでまったく知らなかった。
坂野の記述が正確であるなら
ジャーナリズムからもはや忘れ去られた、
いやむしろ敬遠されてきた思想家であろう。
慮溝橋事件の起きた1937年に、
1945年の日本の敗戦までを予測した人間のことを僕は知りたい。
年末年始休暇の課題のひとつとして
日本近現代史の暗部を武藤の著作を軸に少し探索してみるか。
(文中敬称略)