国家の壁の向こうに、人々の生活が見えてくる


スクラップブックから
朝日新聞2018年1月31日朝刊
オピニオン&フォーラム インタビュー
北朝鮮 人々の生活は」
文化人類学者 伊藤亜人(あびと)さん



   私は1970年代初めに韓国南端の珍島に住み込み、
   農村社会の研究に着手しました。
   文化人類学では日常生活の観察から始め、
   対象とする社会に時間をかけて深く関わります。


   インタビュー調査では誇張したり
   様々な思惑が働いたりするので、
   実情を知るには限界がある。
   できるだけ自然な会話を重んじます。


   北朝鮮では現地調査はできませんから、
   脱北者には学校や職場、地域での
   生活体験などに関する手記を
   何回も書いてもらいました。
   (略)


   国難とか国益という言葉をむやみに使うのは、
   危ういと思います。
   国家という壁の向こうにある人々の生活が、
   見えなくなるのです。


   マスメディアは人々の関心を集めて視聴率を上げ、
   売り上げを優先するのでしょう。
   断片的な情報をおもしろおかしく伝え、
   あの国の異常性を強調します。
   それによって実態とかけ離れたイメージが先行しています。



   文化人類学の視点からすれば、
   北朝鮮社会主義独裁のもとでの
   特殊な社会であるとはいえ、
   どの人間社会にも共通する生活の現実も見えてきます。


   商売はもちろん賄賂や盗み、コネ、
   頼母子講(たのもしこう)のように
   お金を融通し合う庶民の知恵などです。
   幹部たちも生きるために自らが手を染めたり、
   見逃したりしています。
   (略)


   北朝鮮の人たちを
   東アジアの地域社会の一員として迎え入れ、
   多様性を認め合いながら共存してゆく。
   そのためには等身大の人々が見えてくること、
   そして人道の視点は欠かせません。
   私の研究が、そうしたことに役立てればと思います。
                  (聞き手・桜井泉)



1月30日の一般教書演説でトランプ大統領
脱北者のチ・ソンホ氏を紹介した。
北朝鮮の「異常性」を強調する政治ショーのひとつだ。


一方、伊藤亜人さんの文化人類学視点による
北朝鮮の人たちの暮らしの研究は
地に足が付いている。
貴重な研究に着目した桜井泉記者が
イムリーでいい仕事をしてくれた。
他のメディアで読めない視点を提供してくれ
読み応えがある記事になった。


北朝鮮人民の生活--脱北者の手記から読み解く実相

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珍島―韓国農村の民族誌

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