僕たち日本人が喪失した不知火海と人々の暮らしが
目に浮かび、音に聞こえるようだった。
石牟礼道子『魂の秘境から』(朝日新聞出版、2018)を読む。
- 作者: 石牟礼道子
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2018/04/20
- メディア: 単行本
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朝日新聞全国版掲載7回分の1編「なごりが原」を偶然読み、
石牟礼が美しい文章を書く作家だと知り、本書を手にした。
祖父の松太郎は石屋の家業を破産させたあと、
釣りで暮らした人であったが、
幼いわたしを小舟に乗せて不知火海に漕ぎ出すと、
大(う)まわりの塘(とも=土手)を眺め渡して、
「なごり惜しさよ」とつぶやいたことがあった。
今生の別れでもあるまいに、絞るような声であった。
なごりという言葉は、波が去ったあとに残るものを指す
「波残(なみのこ)り」からきたとも聞く。
波あとに浮かぶ泡沫(うたかた)のような人間の身にも、
もの懐かしさがふと胸に迫ることがある。
(pp.223-224)
全編が夢と現の間に漂うような文章である。
通奏低音のように音楽が流れている。
2018年1月31日掲載「明け方の夢」が絶筆。
同年2月10日、熊本市にて逝去。享年90。
やがて文庫版になることがあったら
一冊購入して手元に置き、音読してみたい。
芥川仁(あくたがわ じん)の写真が
石牟礼の文章に伴走し、想像力をかき立てられる。
初出:
朝日新聞西部本社版(24回分) 2015〜17
朝日新聞全国版(7回分) 2017〜18
- 作者: 石牟礼道子
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2011/01/08
- メディア: 単行本
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