ただ一つ残った夢は、知的探究心だった(下村脩)


スクラップブックから
朝日新聞2018年10月23日朝刊
天声人語


   ノーベル賞につながる青い光は
   流し台で輝いていたー。


   化学者の下村脩(おさむ)さんは
   米西海岸の小島に十何年も通い、
   来る日も来る日もオワンクラゲを採集した。
   計85万匹。
   抽出した液が偶然にも流し台で海水と反応。
   光る仕組みを解き明かしてくれた▶


   前日まで研究は暗礁に乗り上げていた。
   仮説は崩れ解明の糸口は尽き、
   米国人教授との仲も険悪に。
   思考を乱されぬよう妻子とも何日も口を利かず、
   小舟でひとりこぎ出し、波の上で考え抜いた▶
   (略)


   なぜあれほど長く、
   あれほど一心に打ち込むことができたのか。
   90歳で亡くなったと聞き、自伝や講義録を開いてみる▶


   「皮肉にも原爆が私に化学者としての第一歩を与えました」。
   長崎県諫早市内で閃光(せんこう)を見たのは16歳の夏。
   白いシャツが「黒い雨」に染まる。
   顔半分がケロイドに覆われた友人、
   うずたかく積まれた遺体の山が網膜に焼き付いた▶


   その夏、少年の人生観は一変する。
   「偉い有名な人になりたいとか、
   金持ちになりたいとかの願望は消え失せた。
   人生についての野心がなくなった」。
   残った夢はただ一つ。
   未知のこと、新しいことを学びたい。
   知的な探究心だけだった▶


   最晩年まで研究一本を貫く。
   「私の研究分野は狭い。
   でも私ほどいろいろな種類の発光動物を化学的に
   研究した者はいません」。
   光に導かれ、光で貫かれた人生であった。



長崎での原爆体験、
暗礁に乗り上げた研究体験。
大きな挫折が下村博士の知を探求する動機になったことを
この記事で知った。
人類の知の最前線を推し進める人たちに
最大の敬意を払いたい。
イオニアの成果を
自分で少しでも学んでいきたいと思った。


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