高崎卓馬『オートリバース』(中央公論新社、2019)

松戸市立第六中学校。
二年生の同じクラスに同じ日に転校してきた
チョクこと橋本直(なお)とタカシナこと高階良彦(よしひこ)。
学校も級友も面白くない二人は授業をさぼり、
アイドル小泉今日子の親衛隊に入ることを決める。
高崎卓馬『オートリバース』(中央公論新社、2019)を読む。


オートリバース (単行本)

オートリバース (単行本)


ラストシーンで重要な役割を演じるオニヤンマが
冒頭に伏線として出ていたことに読了後、気づいた。


  相手の目を覗き込むのは高階のクセみたいだ。
  今日は直は目をそらさなかった。
  高階の瞳は穴のまわりが薄いエメラルドグリーンをしている。
  「オニヤンマと同じ目だ」
  直がそう言うと高階が怪訝な顔をした。
  「何? それ」
  「こんくらいあるでかいトンボ」
  直は手のひらを大きくひろげてみせた。
  「知ってるよ、オニヤンマくらい」
  「君と、高階と、目の色が同じだよ」
  「俺とトンボの目が同じ色?」
  「オニヤンマの目ってエメラルドグリーンなんだ」
  「嘘つけ、黒だろ?」
  「生きているときだけエメラルドグリーンで、
  死んだらなぜか黒くなるんだ」
  「へえ。そういえば俺、死んだのしか見たことないかも」
  「標本はみんな黒いからね」
  「……それってさ」
  高階が薄いエメラルドグリーンの目でじっと直を見た。
  「魂の色かも」
  「魂?」
  「だって死んだら消えるんだろ。
  だから魂ってきっとエメラルドグリーンなんだろ」
  「そうかもしれない」
  高階が死んだらその目の色は消えちゃうのだろうか。
  「でさ、エメラルドグリーンって何色?」
  高階が小声で聞いてきて、直は吹き出した。
                   (p.17-18)


  夕焼けの始まった赤い空に
  ふたつの取り残された小さな雲が浮いている。
  こういう雲は夜になるとどこに行くのだろう。
  朝まで残っているのをそういえば見たことがない。
  小さな雲は容赦なく夜の風に細切れにされて消えるのだろうか。
  気温の変化に耐えられず散り散りになるのだろうか。
  大きなトンボが夕焼けのなかをゆっくり上昇している。
  「オニヤンマだっ」
  高階が言う。シルエットでわからないけれど確かに大きい。
  「こんな都会にはもういないよ」
  否定したそばから後悔した。
  どっちかわかりっこないんだからオニヤンマでいいのに。
  「いや、最後の一匹かもしんないじゃんっ」
  高階の前向きなその性格が羨ましい。
  「そうかも」
  こんどは素直に言えた。
  自転車はふたつのちぎれ雲を乗せて
  夕方の坂道を下っていった。
                  (pp.23-24)


腰巻きに小泉今日子自身が言葉を寄せている。


  彼らの青春の中に私がいたこと、
  当時の孤独も、怒りも、すべて引っくるめて
  懐かしすぎて泣きました。


虚構の中に現実が垣間見える
不思議な味わいの青春小説。


はるかかけら

はるかかけら

(高崎の小説デビュー短編集)