地味な小説である。けれど、滋味のある小説である。
人生中盤を迎えた男女二人の物語。
朝倉かすみ『平場(ひらば)の月』(光文社、2018)を読む。
平場を辞書で引くと、「一般の人たちの場」とある。
この作品を読み、自分なりに解釈すれば
「僕たち庶民が日々暮らす、何の変哲もないそこら辺」とでもなろうか。
だからこそ、貴重なのだ。
書き出しはこうだ。
病院だったんだ。昼過ぎだったんだ。
おれ腹がすいて、おにぎり喰(く)おうと思ったんだ。
おにぎりか、菓子パンか、助六か、
なんかそういうのを買おうと売店に寄ったら、
あいつがいたんだ。
おれすぐ気づいちゃったんだ。
あれ? 須藤(すどう)?
って言ったら、あいつ、首から提げた名札をちらっと見て、
いかにも、みたいな顔してうなずいたんだ。
いかにもわたしは須藤だが、それがなにか? みたいな。
深く呼吸した。
口元を拭(ぬぐ)い、
青砥(あおと)、と人差し指で胸を指す。
ごく控えめな身振りだった。
こうして、須藤と青砥、二人の物語が始まる。
平易な文章だがリズムがいい。
図書館で予約したら、ずっと先まで待っている人たちがいた。
既に多くの読者を持つ作家だったんだな。
僕は月刊誌で書き出しの一部を読んで興味を持った。
地味で滋味のある作品に出会えた。
- 作者:朝倉 かすみ
- 発売日: 2019/10/16
- メディア: 文庫
- 作者:朝倉 かすみ
- 発売日: 2010/11/11
- メディア: 文庫