朝倉かすみ『平場(ひらば)の月』(光文社、2018)

地味な小説である。けれど、滋味のある小説である。
人生中盤を迎えた男女二人の物語。
朝倉かすみ『平場(ひらば)の月』(光文社、2018)を読む。


平場の月

平場の月


平場を辞書で引くと、「一般の人たちの場」とある。
この作品を読み、自分なりに解釈すれば
「僕たち庶民が日々暮らす、何の変哲もないそこら辺」とでもなろうか。
だからこそ、貴重なのだ。
書き出しはこうだ。


  病院だったんだ。昼過ぎだったんだ。
  おれ腹がすいて、おにぎり喰(く)おうと思ったんだ。
  おにぎりか、菓子パンか、助六か、
  なんかそういうのを買おうと売店に寄ったら、
  あいつがいたんだ。
  おれすぐ気づいちゃったんだ。
  あれ? 須藤(すどう)? 
  って言ったら、あいつ、首から提げた名札をちらっと見て、
  いかにも、みたいな顔してうなずいたんだ。
  いかにもわたしは須藤だが、それがなにか? みたいな。
  深く呼吸した。
  口元を拭(ぬぐ)い、
  青砥(あおと)、と人差し指で胸を指す。
  ごく控えめな身振りだった。


こうして、須藤と青砥、二人の物語が始まる。
平易な文章だがリズムがいい。
図書館で予約したら、ずっと先まで待っている人たちがいた。
既に多くの読者を持つ作家だったんだな。
僕は月刊誌で書き出しの一部を読んで興味を持った。
地味で滋味のある作品に出会えた。


田村はまだか (光文社文庫)

田村はまだか (光文社文庫)