ダニエル・デフォー/武田将明訳『ペストの記憶』(研究社、2017)

Eテレ「100分de名著」が9月にこの本を取り上げた。
ダニエル・デフォー『ペストの記憶』(研究社、2017)を読む。
番組で講師を務めた武田将明東京大学大学院准教授が新訳に挑戦している。



「英国十八世紀文学叢書」第三巻として出版され、
巻末に訳注28頁、解題17頁掲載し、学術書・研究書の体裁を整えている。
とは言え、僕のようなデフォー初心者でも取っつきにくいことはない。
訳者は読者の便宜を図るため小見出しを付けている。
「性急すぎる喜び」から引用する。


  ロンドン市民というのは、実に軽率な人たちである。
  もっとも、世界中のどこでも人間の性質など変わらないかもしれないが、
  これはぼく(引用者注:この物語の語り手H•Fを指す)が追究すべき問題ではない。


  ともあれ、ぼくはここロンドンではっきりと目にしたのだ。
  疫病が市民を怯えさせた当初、彼らは互いを避け、互いの家に近づかず、
  さらには説明しようのない、そして(当時のぼくの考えでは)不必要な恐怖に駆られて、
  ロンドンからも逃げ出した。


  それがいまや、こんなうわさが飛び交うようになったーーー
  疫病はかつてほど感染力が強くないし、感染しても死ぬ危険は少なくなった。
  しかも実際に病気になった人たちが日々恢復する姿も目につくようになった。


  こうなると、市民は軽はずみな勇気を発揮して、
  もはや自分の身も疫病も一切気にしなくなったので、
  誰もがペストのことを普通の発熱と同じくらい、
  いや事実はそれ以上に警戒しなくなった。


  彼らはいまや、
  身体に腫脹や悪性の吹き出物のある人たちとも平気で会っていたが、
  その患部はまだ膿んでいて、まさに病毒を垂れ流していた。
  いや、会うだけでなく飲食も共にし、さらには相手の家を訪れ、
  患者が病に伏せる寝室に入ることさえあったと聞いている。

                         (p.290)



武田さんは『ペストの記憶』を
「フィクションでもありノンフィクションでもあるようなこの作品」
と位置づけている(「100分de名著」テキスト2020年9月号、p.5)。
東京でコロナ禍の日々を過ごす僕たちの姿を
まるで鏡に写して見ているような描写だ。


「彼はなぜ、このような作品を書くことができたのでしょうか。
そこには十七〜十八世紀のロンドンに生きたデフォーという怪物的な人物の生き方も
大いに関係しているように思われます」(同上、p.5)と講師は続ける。
ちなみにデフォーの一番有名な作品は、『ロビンソン・クルーソー』だ。
(番組は「NHKオンデマンド」で有料で視聴できます)


ロビンソン・クルーソー (河出文庫)

ロビンソン・クルーソー (河出文庫)

  • 作者:デフォー
  • 発売日: 2011/09/03
  • メディア: 文庫
(武田訳『ロビンソン・クルーソー』は河出文庫で読める)