政治が科学に原理的対決を迫る(加藤陽子)

クリッピングから
毎日新聞2020年12月19日朝刊
加藤陽子の近代史の扉 
危うし「ボトムアップ型」科学 [学術会議「再定義」のもくろみ]


菅首相に学術会議会員任命を拒否された6人の一人である
加藤先生は学術的方法を活用し、意見を述べている。
引用する。


  (略)
  国会や記者会見の場で菅首相は、
  学術会議の問題点をこう述べていた。
  いわく、旧帝大に偏る、地方出身者・民間人・若手が少ない、
  閉鎖的で既得権のよう、前例踏襲でよくない等々。
  支離滅裂と批判するのは簡単だが、
  私が注目したいのは、このような学術会議像を
  首相はどこで得たのかという点だ。


  内閣官房長官時代を含め、
  首相が学術会議を認識しうる場は限られる。
  内閣府には五つの重要政策会議があるが、
  首相と学術会議会長が同席する会議は、
  総合科学技術・イノベーション会議(以下、科技会議と略す)だけだ。


  科技会議は、首相を含め閣僚7人、
  民間有識者議員(以下、議員)7人、学術会議会長からなる。
  科学技術政策を策定して予算措置につなげる権限を持つ。
  科技会議は今、来春開始の第6期科学技術基本計画の仕上げに忙しい。
  議員のうち3人は、11月9日、
  井上信治科学技術担当相の学術会議視察に同道していた。


  この議員らの見解をたどれば、
  首相の学術会議観に行き着くのではないか。
  そう考えて、唯一の常勤議員であり関連諸会議の座長も務める
  上山隆大氏の思考様式をたどってみた。
  あるインタビューで上山氏はこう答えている。
  エリート大に研究資金が一極集中し、地方大学は疲弊していると。
  旧帝大への偏り、地方うんぬんを言う首相の発言と響き合う。


  科技会議には、科学技術政策の決定に
  唯一力を持つべきなのは自らだとの自負があろう。
  そして、科学者の意見をボトムアップ式に集約し、政策提言を行う
  学術会議の存在意義を問いたいのだろう。


  事実、自民党PT(引用者注:プロジェクト・チーム)を主導した
  下村博文政調会長は、本紙に以下の通り答えていた
  (11月10日付ニュースサイト)。
  学術会議の代表が科技会議に必ず出てきて
  意見を反映させる仕組みは見直すべきだと。
  さらに下村氏は、大型研究計画のマスタープランを決定する
  学術会議の力を過大だとし、
  事実上4000億円の予算を決めていると問題視した。
  (略)


  今起きているのは、政治の側が科学の側に、
  科学技術の伸長方法をめぐり原理的対決を迫る事態だ。
  その先で、戦艦大和の愚策と「悲劇」が
  繰り返されることなぞあってはならない。

                     (東大教授)


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加藤先生は「オシント」、
オープン・ソース・インテリジェンスの技法を使い、
公開情報から必要なものを選り集め、推測を裏付けている。
メディア、野党も政府・自民党と対峙する際、
こうした「学術的方法」をもっと採用すれば主張に説得力が増すと思う。

(「加藤陽子の近代史の扉」は月1回掲載。次回は2021年1月23日)


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内閣府サイトから「科技会議」メンバー構成について引用する。


  総合科学技術・イノベーション会議の構成員
 

  総合科学技術・イノベーション会議は、
  内閣総理大臣を議長として、
  14人の議員をもって構成することとしています。
  有識者議員の任期は3年としており、
  必要に応じて再任できることとなっています。


  また、3年ごとに全て改選するのではなく、
  ほぼ半数ごとに改選期が到来するよう任命時期を調整し、
  議論の継続性を担保しています。
  有識者議員については、
  国の科学技術政策をリードする役割の重要性にかんがみ、
  任命に当たって、事前に国会の同意を得ることが必要となっています。


  議長   菅 義偉 内閣総理大臣


  議員 閣僚 加藤 勝信 内閣官房長官
       井上 信治 科学技術政策担当大臣
       武田 良太 総務大臣
       麻生 太郎 財務大臣
       萩生田 光一 文部科学大臣
       梶山 弘志 経済産業大臣


  有識者  上山 隆大(常勤議員) 元政策研究大学院大学教授・副学長
       梶原 ゆみ子(非常勤議員)富士通株式会社 理事
       小谷 元子(非常勤議員) 東北大学理事・副学長
                    東北大学材料科学高等研究所 主任研究者
                    兼 大学院理学研究科数学専攻教授
       小林 喜光(非常勤議員) 株式会社三菱ケミカルホールディングス 取締役会長
       篠原 弘道(非常勤議員) 日本電信電話株式会社(NTT)取締役会長
                    (一社)日本経済団体連合会副会長・
                    デジタルエコノミー推進委員会委員長
       橋本 和仁(非常勤議員) 国立研究開発法人物質・材料研究機構理事長
       松尾 清一(非常勤議員) 名古屋大学 総長


       関係機関の長 梶田 隆章(非常勤議員) 日本学術会議会長


「オシント」の定義は以下の通り。


  オープン‐ソース‐インテリジェンス【open source intelligence】

  一般に公開されている膨大な情報の中から、
  必要な情報を収集・分析する活動。
  OSINT(open source intelligence)。

     (ジャパンナレッジ所載「小学館デジタル大辞泉」から)


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(上山隆大(うえやま たかひろ)氏。内閣府サイトより)