ウイルスが自然界に存在する意義とは何でしょうか(多和田葉子)

クリッピングから
朝日新聞2020年11月4日朝刊
朝日地球会議2020報告(10月12日)
科学と文学が結びついて創る未来
中村桂子多和田葉子/吉村千彰)


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オンラインで開催された今年の朝日地球会議で
僕がライブ視聴したセッション。
コーディネーターを務めた吉村記者の報告がまとまった。
ドイツ在住の作家・多和田葉子と、
生命誌研究者の中村桂子の対論。


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  多和田さんはドイツで撮影された1枚の写真を示した。
  人影がまばらな、建物の中の光景だ。
  クラブとして使われていたが、感染拡大を受け、
  人数を制限した電子音楽のコンサートが開かれたのだという。
  「誰もが座ってじっと耳を傾けていました。
  教会の中に似た、不思議な、宗教的な雰囲気でした」と振り返る。


  芸術はぜいたく品ではない。
  直面する不安をどう考えていくのか、そのヒントを与えてくれる……。
  「不要不急」が避けられるなか、
  同国では文化という存在が人々の日常に不可欠の、
  重要なものであることが改めて確認されたと多和田さんは話す。
  (略)


  「ウイルスが自然界に存在する意義とは何でしょうか」。
  多和田さんの問いに、中村さんは生命誌の観点から答えた。
  「たんぱくの着物を着て生物の間を行き来する遺伝子がウイルスです。
  それは私たち生きものの遺伝子に変化をもたらし、
  生命のダイナミズムを支えると言っても良い役割を持っています」
  (略)


  「ある意味では、文学はウイルスと似たものなのかも知れません」
  と、多和田さんは言う。
  「文学も、これまで隠れて見えなかった事物を、みんなの目に
  見えるようにしていくものですから」


  時代の転換点を迎え、科学、文学の交歓はどのような意味を持つか。
  終盤、それぞれが思いを口にした。
  中村さんは「科学が明らかにするものは、
  人間って何だろう』ということを考える時に役立つ情報でもあります。
  文学や哲学などの世界にいる方々に生かしてもらえれば、
  目先の役に立つのではない、本当に大事な未来を創り出すことが
  出来るのではないでしょうか」。


  多和田さんは「私たちは、のんびりしてはいられないのだと思います。
  小説は楽しい、読むだけで価値があると内側にこもるのではなく、
  自分たちの仕事が社会にどんな意味を持つのかを問いながら、
  自然科学をはじめ、対話を求めていくことが大切です。
  知ること、考えることは全てつながっているのです」。


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中村と多和田を対論させる試みは
大阪本社生活文化部長を務める吉村のアイデアだったのだろうか。
二人は吉村が担当する書評欄のレギュラー執筆者でもある。
文学と科学の架橋が、分断され閉塞した社会の突破口になり得る……
世界が向き合う現状に一石を投じる価値あるセッションだったと思う。


オンライン映像でベルリンの多和田の部屋が垣間見えた。
本棚に整然と書物が並ぶ書斎に見取れてしまった。


(文中敬称一部略)


生命誌とは何か (講談社学術文庫)

生命誌とは何か (講談社学術文庫)

こどもの目をおとなの目に重ねて

こどもの目をおとなの目に重ねて

地球にちりばめられて

地球にちりばめられて

星に仄めかされて

星に仄めかされて


[追記] 2020.11.8

多和田さんは2020年、紫綬褒章を受章。
おめでとうございます。


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讀賣新聞2020年11月2日朝刊)