池澤夏樹評:ショーン・タン/岸本佐知子訳『内なる町から来た話』

クリッピングから
毎日新聞2020年12月26日朝刊
「今週の本棚」 内なる町から来た話
ショーン・タン著、岸本佐知子訳(河出書房新社・3190円)


毎日新聞書評欄を「革命的」に一新したのが丸谷才一
丸谷がバトンを託したのが池澤夏樹だ。
いまは顧問に退いたと聞くが、書評の切れ味はまったく鈍っていない。


  ふしぎな本である。
  短編小説集として見ると挿絵が立派すぎる。
  本格的なシュールレアリスムの油彩なのだ。
  しかし画集として見るとテクストが立派すぎる。
  二十五篇の見事な話。


  どの話にも動物が登場する。
  彼らと人間の仲がこじれて、ねじれて、とんでもないことになる。
  例えばクマの話——すべてのクマの代表である一頭が
  (クマ語を習得した)人間の弁護士を伴って裁判所に現れる。
  この世界にあるのは人間の法だけではない。
  だからクマ法に沿って、
  これまでのクマへの非道な行為に対する損害賠償を請求する。


  大がかりな法廷闘争が始まるが、人間はクマに押しまくられる。
  人間がクマに対してしてきた「窃盗。略奪。不法占拠。拉致。
  殺害。奴隷所有。虐待。大量殺戮(ジェノサイド)」、
  そして人間が知りもしなかった「霊魂廃棄罪」。
  「真夜中に可決された法案」でクマは射殺される。


  これって例えば我々(日本列島に住む者の大半)が
  アイヌに対してしてきたことそのままではないか。
  更に悲しい話——高速道路にサイが現れる。
  当然、駆除される。でもそれは地上で最後の……
  訳は完璧。

                     (池澤夏樹・作家)


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ショーン・タンの展覧会に行けなかったので
その代わりに画集を借りてきたことがあった。
そのとき印象に残った一点が今回池澤が取り上げた
「法廷の闘争に臨むため、人間に手を取られ長い階段を上るクマ」だった。
岸本佐知子の翻訳が完成したんですね。
読みたくなったな。


内なる町から来た話

内なる町から来た話

ショーン・タンの世界 どこでもないどこかへ

ショーン・タンの世界 どこでもないどこかへ

(展覧会カタログ。求龍堂の丁寧な仕事)