魔法がつなぐ縁だったのだろうか(さくまゆみこ)

クリッピングから
毎日新聞2021年8月7日朝刊
「なつかしい一冊」 さくまゆみこ(翻訳家)選
影との戦い ゲド戦記1』(アーシュラ・K. ル=グウィン作/清水真砂子訳)
岩波少年文庫 792円


さくまさんの思い出そのものが
まるで短編小説のような味わいだった。
「魔法の本」が翻訳家二人を、
つなげたのかもしれない物語。


  原書に出会ったのは、半世紀近く前のロンドン。
  そのころ私は英文学を学びつつ、部屋を無料で貸してもらうかわりに
  夜はその家の子どもたちの子守りをしていた。
  そして、子どもたちの母親リズから、クリスマスプレゼントに、
  当時出ていたアースシー3部作をいただいたのだ。


  読んでみると、異世界アースシーを舞台にしたこのシリーズは、
  冒険物語としてとてもおもしろかった。
  しかも生と死、魔法、慢心、勇気、自然、冒険といった事柄について、
  考える種があちこちにちりばめてあるではないか。
  私は夢中になった。
  (略)


  帰国した私は、この本を訳したいと思いたった。
  原書出版社に問い合わせ、
  翻訳権を獲得しているとわかった岩波書店にも連絡してみた。
  岩波の方は、すでに清水真砂子さんに翻訳を依頼しているので、
  どうしてもかかわりたければ手伝えるかどうか
  清水さんに直接きいてみたらいい、とおっしゃった。
  私はさんざん迷ったあげくその時点であきらめることにした。
  (略)


  それからまた月日が流れ、ある日私は、
  ほとんど面識のなかった清水さんからとつぜんお電話をいただいた。
  清水さんは長年青山学院の短大で文学を教えておられたのだが、
  定年退職なさるので後を引き受けないか、という内容のお電話だった。


  ここでも迷ったあげく、結局お引き受けしたのだが、
  そこで私は若い学生たちから思いがけなく多くを学び、
  子どもの本について新たな角度から考えるきっかけをもらったのだった。
  ひょっとするとこれも、魔法がつなぐ縁だったのだろうか。


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                   (デザイン・絵 寄藤文平