クリッピングから
毎日新聞2022年3月19日朝刊
「加藤陽子の近代史の扉」
武力をたのむ国は自滅する [露軍ウクライナ侵攻]
2年間続いた連載の最終回。
何が言いたいか端的に述べよう。
「現代の国際政治の専門家でもなく、
専門とする時代も異なる歴史家などには用はない」
といった風潮が世にある。
だが、筆者はそのようなアパシー(無関心)に
全力であらがいたいと考えている。
ウクライナを短期決戦で制圧できると踏んだ
プーチン露大統領と軍の指導者ら。
北京オリンピック閉幕と
パラリンピック開幕の幕あいを狙って侵攻すれば、
ウクライナに北大西洋条約機構(NATO)への接近を断念させ、
ロシアのかいらい国家をつくれると考えたか。
そうであれば日本近代史は役にたつ。
相手に対する軽視や慢心からの
認識不足に起因した短期決戦構想の失敗事例に事欠かない。
(略)
筆者にとっての胡適(引用者注:蔣介石が米国に送った
太平洋戦争時の駐米中国大使)は、
恐ろしいまでの暗たんたる覚悟を自国民に求めた、
気迫みなぎる人として記憶されている。
日中戦争の始まる2年前の35年、
当時、北京人文学院長だった胡適は
中国が取るべき道をこう説いていた。
今、日本が中国に全面戦争を仕掛けられないのは、
米国の海軍力とソ連の陸軍力が怖いからだ。
日本と戦争になれば、中国は米ソの支援を招来したい。
だが米ソが簡単に参戦してくれるはずもない。
ならば方法は一つ。
中国自身が犠牲を払い、単独で数年間耐えるしかないと。
海岸線と長江は封鎖され、
国土の大半も日本軍に占領されることだろう。
恐るべきことだが、その犠牲を甘受して初めて、
太平洋での米軍による海戦が、大陸でのソ連による陸戦が
始められるのだと。
(略)
(「胡適の背中を押したのは英国の歴史家トインビーの透徹した日本分析だった」(加藤))