池上彰・佐藤優『世界の "巨匠" の失敗に学べ! 組織で生き延びる45の秘策』(中公新書ラクレ、2022)

お二人の対談を読んでいると、
想像力が活性化されるようで心地いい。
池上彰佐藤優『世界の "巨匠" の失敗に学べ!
組織で生き延びる45の秘策』(中公新書ラクレ、2022)を読む。



池上の「はじめに」から引用する。


  私がNHKに入ったのは1973年のこと。
  当時は働き方改革など無縁の世界でしたから、
  松江放送局に新人記者として赴任したものの、
  夏休みが取得できたのは、中海に白鳥が飛来する時期でした。
  これでは夏休みどころか冬休みですよね。


  やがて東京の社会部で警視庁担当になると、
  「夜討ち朝駆け」というとんでもない勤務に突入します。
  よくぞ身体がもったと思います。
  ブラック職場そのものでした。
  でも、そのおかげで、それ以降、辛い仕事というものはなくなりました。
  あの地獄の勤務に比べれば、どんな仕事も辛くなかったのです。


  当時、私の周りの先輩たちや管理職は、
  みんな仕事ができるように思えました。
  まさに「我以外すべて教師」との気持ちで仕事をしてきたのですが、
  次第に経験を積むと、先輩や上司の能力差が見えてきました。
  それでも部下に対して、「あいつは仕事ができないから」というような
  蔑みで見る上司の態度には我慢がなりませんでした。
  誰に対してもリスペクトの気持ちを持つことの大切さを痛感しました。


  東京の社会部では、仕事の上での運不運が
  その後の会社員人生を決めてしまう理不尽さを目の当たりにしました。
  (略)


  これはきっと、どこの組織でも起きうることなのでしょう。
  人間社会は理不尽だらけ。
  でも、その中で卑屈にならずにプライドを持ち、
  腐ることなく自分の仕事をこなしていくこと。
  これが大事なことです。
  本書には、そんな秘訣が詰まっています。

                            (pp.4-5)


佐藤の「あとがき」から引用する。


  私は外務省という組織の中で生き残ることができなかった。
  従って、私の経験は組織の中で生き残るためには役に立たない。
  私が外務省を追われたのは、
  2002年に吹き荒れた鈴木宗男疑惑の嵐の中で、
  鈴木氏に対する攻撃に加わらなかったからだ。


  もしあのとき私が掌を返して鈴木バッシングに加わっていたら、
  私が外務省の片隅で生きていくことは可能だったと思う。
  しかし、外務省の同僚もロシアの友人たちも、
  私という人間を信頼しなくなったであろう。
  組織で生き残るよりも、人間としての筋を通す方が、
  私としてはよい生き方のように思えた。


  その結果、2002年5月14日に
  東京地方検察庁特別捜査部に逮捕され、
  東京拘置所の独房で512日間暮らすことになった。
  裁判は9年間続き、最高裁判所
  懲役2年6ヶ月(執行猶予4年)の判決が確定した。
  (略)
  執行猶予期間中は、それなりに緊張していたが、
  平穏に日々を送っていた。
  しかし、執行猶予を満了した瞬間に全身が震えた。
  これで自由になったというよりも、
  二度と国家権力に捕まるような状況には陥りたくないと思った。
  (略)


  私自身は、あの事件を経験した後、
  組織に加わって仕事をすることはしないと決め、それを守っている。
  しかし、組織の意義については十分認めている。
  (略)
  群れを作る動物である人間は、
  組織によって力をつけていくという要素がある。


  本書で扱った乃木希典田中角栄、トランプ、山本七平李登輝
  オードリー・タン、アウンサンスーチードストエフスキーは、
  いずれも強烈な個性を持った人物だ。
  これらの人々の生き方から我々が学べることが
  (肯定面と否定面の双方において)多々あると思う。

                        (pp.272-274)


本書の構成は以下の通り。


  第一章 乃木希典      上司が精神論を振りかざしたらどうするか
  第二章 田中角栄      派閥抗争の中で生き延びる作法
  第三章 ドナルド・トランプ 部下が使えないと思ったら
  第四章 山本七平      会議で本当の意見を言う方法
  第五章 李登輝       突然、吸収合併された組織で生き延びるには
  第六章 オードリー・タン  世代間ギャップに負けない秘策
  第七章 アウンサンスーチー 苦しいから逃げたいとき
  第八章 ドストエフスキー  逆境から抜け出す秘策

      編集:中西恵子中央公論新社)、南山武志(フリーランスライター)


取り上げた人物だけを眺めると、
有名だが一貫性がないようにも思える。
けれども、「組織で生き延びるには」という補助線を見つけたことで
知的対話の軸が定まった。
巻末「参考文献一覧」に本編に登場した10冊がまとめられている。


中公新書ラクレの池上・佐藤共著既刊。編集:中西恵子