はよ、帰っておいで(元ホームレスの松ちゃん)

クリッピングから
朝日新聞2022年9月17日朝刊別刷be
「それぞれの最終楽章」元ホームレスの物語 ⑧
NPO法人「枹樸(ほうぼく)」理事長・奥田知志(ともし)さん


  2、3年後、僕は困窮者支援の国の検討会に呼ばれるようになった。
  聞き慣れない用語が飛び交う中、机の下で必死にスマホでググった。
  当時は野宿者を食い物にする「貧困ビジネス」が問題になっていた。
  北九州が拠点の僕らはまだ知名度が低く、
  悪徳業者のように扱われて悔しい思いもした。


  東京は大勢の人間たちが目の前を通り過ぎていく。
  霞ヶ関での会議を終えた夕方、
  新橋のホテルへ戻る途中にコンビニで弁当とハイボール缶を買い、
  独りの部屋で晩酌した。
  それから松ちゃん(引用者注:筆者と深交ある元ホームレスの男性)に
  弱音を吐いた。


  「もうええから、帰っておいで。飲もうや」
  「あかんやん。断酒中やろ? でも土産に酒買って帰るわ」
  「まあ世の中いろいろあるから。
  はよ、帰っておいで。待ってるから」
  「ありがとう。おやすみ」


  何でもないやり取りだった。
  僕が抱える問題の何の解決にもならないし、
  助けてもくれない。
  それでも、松ちゃんの「はよ、帰っておいで」に救われた。
  慣れない都会に出張して心細い僕を、
  松ちゃんは繰り返し慰めた。
  (略)



 

(筆者所属のNPO法人「枹樸」が運営する「希望のまちプロジェクト」ホームページより)