永井玲衣『水中の哲学者たち』(晶文社、2021)

クリッピングから
毎日新聞2023年3月27日朝刊
「メディアの風景」武田徹
若手研究者の哲学エッセー 活字に託す「対話」の場


  東京都内の大型書店を訪ねて驚いた。
  哲学関係の品ぞろえに予想以上の充実があったからだ。
  特に「哲学」の棚に設置されていた
  「哲学エッセー」のコーナーが印象的だった。
  (略)


  そこで目をひいたのは永井玲衣「水中の哲学者たち」、
  谷川嘉浩「スマホ時代の哲学」、
  荒木優太「転んでもいい主義のあゆみ」といった
  1990年前後生まれの研究者の作品だった。


  永井氏は哲学的なテーマについて
  共に考え、語り合う「哲学対話」の会を開催している。
  哲学的テーマといっても難解な概念を相手にするわけではない。
  哲学対話では「約束はなぜ守らなければならないのか」
  「夢と現実はどう違うのか」など誰でも何か語れそうな問いが選ばれ、
  参加者は普段は特に気にせずに通り過ぎている問いかけに
  改めて向き合う、応答の言葉を紡ぎ出そうとする。


  「水中の哲学者たち」は
  そんな哲学対話の紙上再現版といえようか。
  しかし、そこで自分自身や読者相手に問いかけ、語りかける場として
  永井氏が活字メディアの書籍という形式を選んだことに改めて注目したい。
  というのもエッセーの若い書き手たちは
  物心ついたときにインターネットがあった世代だ。
  ごく自然にネットを主な活動場所とする彼らが、
  活字メディアを選んだのはなぜだったのか。
  (略)


  だから「水中」に潜る必要がある。
  永井氏の「水中」の比喩は秀逸で、
  水の中ではそれまで聞こえていた周囲の雑音がすっと遠のき、
  自分の思考に意識を静に集中させられる。
  彼らが書籍=活字メディアを求めたのは、
  それが騒々しいネットの雑音から逃れて読み書きできる
  「水中」に似た場所を用意するからではないか。
  (略)

                    (専修大教授、評論家)