アガサ・クリスティー/山本やよい訳『オリエント急行の殺人』(早川書房、2011)

この3年半、毎月欠かさず取り組んでいる英文ライティング講座、
佐藤昭弘先生の「The Writers' Workshop」
NHKテキスト「ラジオビジネス英語」連載)。
先生がご自身の幅広い読書体験から二か月ごとに異なるテーマを設定。
さまざまな領域の英文に参加者が挑戦できるよう
工夫を凝らして出題してくださいます。


6月・7月のテーマに選ばれたのが「アガサ・クリスティー」。
6月号は代表作『オリエント急行殺人事件
(Murder on the Orient Express, 1934)
に関する解説文からの出題です。


クリスティーファンの同居人から
さっそく『オリエント急行の殺人』
山本やよい訳/早川書房、2011)を借りてきました。
アガサ・クリスティーの孫、マシュー・プリチャードが執筆した
「『オリエント急行の殺人』によせて」から引用します。



  「列車はつねにわたしの大好きなものの一つであった」
  と祖母アガサ・クリスティーは自伝の中で述べています。
  『オリエント急行の殺人』は1933年に書かれ、
  翌1934年にイギリスで刊行されたもので、
  おそらく彼女の旅行に対する愛情、
  とりたてて列車に対する憧れをもっとも反映した作品のひとつでしょう。


  現代でこそオリエント急行の旅は優雅なものですが、
  1930年代にロンドンからイスタンブール
  さらにその先に列車で向かうことは
  現在とは比べものにならない危険を伴う冒険でありました。
  フランスから、イタリア、トリエステを経由して、
  バルカン諸国、ユーゴスラビアイスタンブールまでのオリエント急行は、
  交通手段であるだけでなく、異文化との出会いの場でもあったのです。
  さらにボスポラス海峡を船で渡り、バグダッドに行くには
  車を使わなくてはなりませんでした。
  (略)


  しかし、『オリエント急行の殺人』は違った意味で
  クリスティーの典型的な作品のひとつです。
  それは抑圧された人々ーー下僕や労働者、
  遺跡発掘現場での作業員といった人々への共感であり、
  社会正義への配慮でもありました。


  時代の雰囲気や個性的な多くの登場人物に目を奪われがちですが、
  作品中に登場する、アメリカで誘拐されて殺された
  ディジー・アームストロングの話を忘れてはなりません。
  このディジー・アームストロングの事件は、名前こそ変えてありますが、
  かの有名なリンドバーグ事件がモデルになっています。


  フィクションのなかとはいえ、誘拐殺人者に正義の鉄槌を下すことで、
  祖母は溜飲を下げたにちがいありません。
  1974年の映画版でも冒頭にセピア調で描かれたディジー・アームストロング事件は、
  そこからはじまる人間ドラマを予感させる印象深いものでした。
  (略)

                          (pp.4-7/編集部訳)


    マシュー・プリチャードは、
    アガサ・クリスティーの娘のロザリンドの息子で、1943年生まれ。
    アガサ・クリスティー社の理事長を長く務めている。


(6月号課題は本書から出題されました)

(The Writers' Workshopを集大成した著作。神保町PASSAGE「大王グループ」の棚でも販売中)