どうぞお帰り遊ばせ

クリッピングから
洋菓子舗・銀座ウエスト(創業 1947)PR誌
「風の詩」2023 第三千八百七十五週(5月21日〜5月27日)



  虫愛ずる連合い

       坂本文和


  最近は気候の温暖化のためか
  虫にも季節感があまりなくなってきた。
  私は人並みに蜘蛛やゴキブリなどが嫌いである。
  台所で彼らを見つけると、恥も外聞もなく大声で騒ぐ。
  残念ながらその遺伝子は子供達にも伝わってしまったようだ。


  ところが私の連合いは虫を一切怖がらない。
  蜘蛛や蛾などが窓から飛び込んでくると
  チリ紙を使って摘んで窓から外に出してやる。
  特にゴキブリが出てくると、
  あっゴキちゃんだと言ってチリ紙で摘むと
  逃げ腰の私に見せた後、庭に運んでいく。
  始末しないと切りがないよというと、
  どうぞお帰り遊ばせと言って大地に下ろす。


  先日、連合いに捕まえた虫を
  どうして始末しないのかと問うてみた。
  すると「あなたのお仕事と関係あるのよ、
  あなたと結婚した時生き物は絶対に殺生しないと誓ったの」と宣った。
  そうか私がこの仕事を五十年間無事にやってこれたのも
  「虫愛ずる連合い」のお陰だったのか。


  そろそろお昼である。
  そういえばこの弁当も五十年間一度も休んだことはない。
  おかずは月曜から金曜までの五種類しかないが皆勤である。
  今日は帰ったら肩でも揉んでやろうかと思いながら
  弁当箱の蓋を開けた。


募集要項から一部引用する。


  *掲載分には薄謝一万円を呈上いたします。

  *選者からのお願い

   高度で知的なものよりは、
   お茶をのみながら素直に共感が得られる様な生活の詩をお願いします。

  *お詫び

   たくさんのご投稿ありがとうございます。
   月平均60通余りの中から4編を採用させていただいております。
   (略)
   なお、季節感の関係で掲載が遅れる場合もありますので
   ご了承願います。


同居人がこの店のシュークリーム(大好物!)を土産に買ってきてくれ、
手提げ袋に「風の詩」が入っていた。