ファン・ボルム/牧野美加訳『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』
(集英社、2023)を読む。
「作家のことば」から引用する。
二〇一八年。
春から夏へと移り変わるころ、
わたしはいつものように机の前に座って、白い画面を見つめていた。
長年の夢だった自分の本を出して半年ほど経ったころで、
良い文章を書くエッセイストになりたいという希望が
なぜか叶わぬ願いに思えてすっかり意気消沈していたころで、
それでも何も書かないわけにはいかないと毎日机に向かっていたころだった。
小説を書いてみようか。
正確には何月何日の何時何分にそう思いついたのかは覚えていないが、
それから何日かあと、わたしは本当に小説を書いていた。
書店の名前の最初の文字は「休(ヒュ)」にしよう、
店主はヨンジュで、バリスタはミンジュンだ。
その三つのアイデアだけをもとに、最初の文章を書き始めた。
それ以外のことは書きながら決めていった。
突然新たな人物が登場したらそのつど名前や特徴を決め、
どういう展開にすればいいかわからないときは、
すでに登場していた人物と新たに登場した人物に会話をさせてみた。
すると、二人がおのずと物語を進めてくれ、
不思議なことに次のエピソードが頭の中に浮かんだ。
小説を書いている時間は驚くほど楽しかった。
それまでの執筆作業は
わたしを机に縛りつけようとする過酷な闘争に近かったが、今回は違った。
前日に書いていた対話の続きを早く書きたくて、朝ぱっと目が開いた。
夜には、乾燥した目と、ガチガチになった腰と、
一日の労働量を超過してはならないという自分なりのルールのために、
後ろ髪を引かれつつ机から離れた。
小説を書いているあいだは、実際に自分が経験していることより、
小説の中の人物たちが経験していることのほうが気になった。
わたしの生活は、自分の作っている物語を中心に流れていった。
(pp.356-357)
(著者がこんな雰囲気の小説が書きたかったと「作家のことば」で言及した2作品)
読んでいる途中で、
神保町の貸棚共同書店PASSAGE「大王グループ」の棚に置きたくなって、
仕入れの発注を入れました。
そのうち並ぶと思います。
韓国語を勉強して原語で読んでみたいな。