この人と組むのはもうごめんだな(山田洋次)

クリッピングから
朝日新聞2023年11月11日朝刊別刷be
山田洋次「夢をつくる」23
もうごめんだな、と思ったけれど


  シリーズということは全く考えていないから
  第一作のタイトルはただの「男はつらいよ」です。
  渥美さんは張り切ったのでしょうが、
  芝居がどうしても過剰になってしまう。


  台本に指定されたト書きを超えていろいろと芝居を付け足す、
  それがいちいち面白いのだけど、作品としては余計なことだから
  僕はそれをコントロールしなくてはならない。
  せっかく彼が演じた滑稽なしぐさを、
  それはやめてくださいと言うのがしばしばで
  僕はすっかり疲れてしまい、クランクアップしたときは正直、
  この人と組むのはもうごめんだな、と思ったくらいです。


  ところがこの作品が大ヒット。
  会社はすぐに続編を作ってくれという。
  僕は悩んだけど、ヒットはうれしいから
  じゃあもう一作だけ、とやることに決まった。
  この間が2カ月ぐらいだから、
  当時の映画会社の勢いのよさが想像できます。


  急いでシナリオを書きあげてクランクインしたのですが、
  僕が吃驚(きっきょう)したのは、
  渥美さんの芝居が第一作とは全く違ったことです。
  つまり僕がコントロールする必要がなくなった、僕のイメージにぴたり、
  あるいは僕のイメージをもっと膨らませたかたちの、
  注文のつけようのない演技をピタッとしてくれたことです。


  なんて頭のいい人だろうかと
  僕はカメラの横で舌を巻いたものです。
  それ以後も、渥美さんの頭の中はどうなっているのかと
  驚嘆することがしばしばでした。
  こういう人を天才というのでしょうね。