クリッピングから
朝日新聞2020年10月5日朝刊
「ひと」一人で「俳句・短歌」辞典をつくった
阿部正子(あべ まさこ)さん(69)
世の中には凄い人がいらっしゃる。
出版社を定年退職後、4年間無報酬でデータベースを増やし続け、
一人で「俳句・短歌」辞典を完成させた。
コロナ以前も以後も、生活に変わりはなかった。
気にいった俳句や短歌を日がな一日、パソコンに打ち込んでいく。
「とにかく類のない辞典を世に出したい思いで」
三省堂を定年退職した後の4年間でデータベースを増やし、
約6万の作品を収めた「てにをは俳句・短歌辞典」を刊行した。
俳句と短歌が一緒くたの辞典は珍しい。
分類の仕方も独特で、例えば「産む」をひくと、
出産に関係する句、歌が「産声」「妊(みごも)る」などに細かく分かれる。
「言葉が醸し出す詩情が似ている作品を、同じ見出しの下に並べたんです」
「ハンセン病文学全集」から約6千作を選んで載せた。
「つらい環境で、凝縮された言葉に命をつなごうとする強さ」にうたれた。
その横に松尾芭蕉や種田山頭火の句、与謝野晶子や岸上大作の歌。
「有名も無名も関係なく、一堂に会した作品が反応しあって詩情を高め、
『うたの宴(うたげ)』になれば」
(略)
辞書の採算の厳しさは身にしみており、
経費を抑えるため4年間無報酬で働いた。
(略)
文・写真 中島鉄郎
編者の経歴を調べると、
僕も一冊持っている『てにをは辞典』を三省堂在職時代に編んだ方だった。
今度の『てにをは俳句・短歌辞典』は
「てにをは辞典」シリーズ第三弾に当たる。
根っからの辞書フェチとしては気になる新刊です。
一人で全部を書き切った辞典には、
チームで書いた辞典、AIを駆使した辞典とは違う味わいがあって僕は好きです。
「狂気」を内に秘めていなければ、到底完成には至りません。
[追記]
本棚から『てにをは辞典』(三省堂、2010)を取り出し、
パラパラめくっていたら、「はしがき」にこんな文章を見つけた。
三省堂出版部の阿部正子さんには、七年前の企画の段階から、
言葉に尽くせないほどお世話になりました。
(略)
二〇一〇年七月
編者 小内 一
小内一(おない・はじめ)は校正者。
「てにをは辞典」シリーズ第一作約1,800頁をひとりで書いた。
そのとき伴走したのが、三省堂(当時)の阿部正子だった。