屋根があれば生きていける(佐藤愛子)

スクラップブックから。
朝日新聞2017年8月30日朝刊
語る—人生の贈りもの—
作家 佐藤愛子(第13回) 「屋根があれば生きていける」



   51歳のときです。
   突然、どこか遠い所へ行って
   静かに過ごす時間を持ちたいと思い、
   浦河町(引用者注:北海道)に別荘を建てました。
   それまで数千万円の借金に追われて、ただ忙しく働くばかり。
   私の収入は預金通帳を通り過ぎていくだけでした。
   ある日ふと見ると、1千万円たまっていました。
   (中略)


   地元の大工さんに「これくらいで建つか」と聞くと、
   大丈夫と言うからお願いしました。
   ところが建築に取りかかってしばらくすると、
   大工さんがやってきて、「お金が足りない」と言う。
   「それなら建てるのはやめる」と言いましたら、
   「もう柱は建ててしまった。壊すとまたお金がかかる」と。
   仕方なく2階はなしにしました。
   続きはお金が出来てからやればいいと考えたのです。



   2階は天井板なし、内壁なしという家になりました。
   大工さんが「階段はどうする」と聞くのです。
   2階はがらんどうなんだから「階段はいらない」と言いましたら、
   「あいつは階段のない家を建てた」
   と町で評判になるのは大工の恥だと言って、
   自腹でつけてくれました。


   屋根と外壁があれば生きていける。
   そう思えば、どうってことはないんです。


できあがった別荘に魚を届けに来た漁師が書斎の窓から覗いて
言うともなく佐藤に言った台詞がまたよかった。


  「また書いてんのか。いつ来ても書いてる。
   作家ってひでえ商売だなぁ。
   漁師の方がよっぽどましだ」


  (聞き手 中村真理子


九十歳。何がめでたい

九十歳。何がめでたい

(文中敬称略)