ミヒャエル・エンデ/大島かおり訳『モモ』(岩波少年文庫、2005)

2020年8月の100分de名著」(講師:河合俊雄)放送をきっかけに
古書店で再度購入しました(以前持っていた単行本は既に手放していた)。
ミヒャエル・エンデ/大島かおり訳『モモ』
岩波少年文庫、2005)を読む。



モモの友人である観光ガイドのジジは
灰色の男たち(時間泥棒)の策略にひっかかってしまいます。
有名で金持ちにしてもらうことと引き替えに
無名時代の夢を失い、モモたちともすっかり疎遠になるのです。
周りに群がるのはスターになったジジを利用しようとする
取り巻きばかりです。


「15章 再会、そしてほんとうの別れ」で
自分を訪ねてきたモモにジジはこう語ります。


  モモ、ひとつだけきみに言っておくけどね、
  人生でいちばん危険なことは、
  かなえられるはずのない夢が、かなえられてしまうことなんだよ。
  いずれにせよ、ぼくのような場合はそうなんだ。


  ぼくにはもう夢がのこっていない。
  きみたちみんなのところにかえっても、
  もう夢はとりかえせないだろうよ。
  もうすっかりうんざりしちゃったんだ。」
  

  ジジはくらい目つきでフロント・ガラスのむこうを見つめました。


  「いまぼくにできるたったひとつのこと
  ーそれは口をとざすこと、もうなにも物語らないこと、
  のこりの人生をずっと、それともせめて、
  ぼくがすっかりわすれられて、
  また無名のまずしい男になりきってしまうまで、
  だまっていることだろうね。


  だが、夢もなしにびんぼうでいる
  ーいやだ、モモ、それじゃ地獄だよ。
  だからぼくは、いまのままのほうがまだましなんだ。
  これだって地獄にはちがいないけど、
  でもすくなくともいごこちはいい。


  ーああ、ぼくはなにをしゃべっているんだろう?
  きみにはもちろん、ぜんぶわかるはずもないよね。」

                       (p.308)


ジジはモモに、自分の豪邸に一緒に住んで
昔のように自分の話を聞いてほしいと頼みます。


  モモはジジの力になってあげたい気もちで、いっぱいでした。
  そうしたくて、心がうずくほどでした。
  けれども、いまジジの言ったようにはしてはいけないと感じました。
  ジジはまたもとのジジにならなくてはいけないのです。


  そしてもしモモがモモでなくなってしまったら、
  力になってあげることなどできません。
  モモの目にも涙があふれました。
  モモは首をよこにふりました。

                          (p.309)


文字を目で追うだけでなく音読してみると、
ジジとモモの別れの哀しさが一段と伝わってくるようでした。
番組司会・伊集院光さんは最初の緊急事態宣言のときに
自宅で奥さんに朗読を聴いてもらっていたと語っていました。
番組では女優・のんが朗読を担当。
名著の一節を誰が朗読するかが視聴する楽しみのひとつです。