クリッピングから
毎日新聞2022年7月9日朝刊
「今週の本棚」藻谷浩介評(日本総合研究所主席研究員)
『朝日新聞政治部』鮫島浩(講談社・1980円)
当欄紹介の本は、各書評委員が他人に相談なく選ぶ。
…と冒頭から、評者の前回書評(5月28日付)と同じ書き出しを
繰り返してしまった。
そう予防線を張っておきたくなるくらいにこの本は、
雷雲のごとくエネルギーに満ち、
強烈に濃いコーヒーのごとくに脳天を突いてくる。
多彩で有能な人材を抱え、矜持(きょうじ)を持って
権力に対峙(たいじ)して来た大新聞社と、
その経営の要を握っていた政治部。
しかし昭和の色を残す内部体質の下、
様々な問題への対応に失敗し、組織は機能不全に陥っていく。
掲題書に描かれた部門間、有力者間の相克と、
外からの攻撃や事業環境変化への対処の遅れ、
結果としての管理強化と組織の活力の喪失は、
「いかにも大新聞社らしい」とも読める。
しかし実際には、戦後に肥大した
日本の官民の大組織のほぼ全てで同様のことが、
多くはさらにずっと悲惨な結果を招きつつ起きているのだろう。
(略)
この年(引用者注:2014年)の朝日新聞は、
従軍慰安婦に関する吉田証言問題、
それに関連した池上彰氏のコラム掲載拒否問題、
さらにそれらとは別の吉田調書問題と、三つの激震に揺れた。
吉田調書とは、11年の震災津波に伴う東電福島第1原発の爆発事故直後、
現場で指揮を執った吉田昌郎所長(13年に癌(がん)で逝去)の証言だ。
特別報道部のデスクだった著者は、
政府がひたすらに秘匿するその内容を分析し、
「事故時の混乱の中、発電所所員の9割が、
すぐには戻れない福島第2原発に退避していた」と報道する。
この大スクープは調書の公開につながり、
事故対応の体制の不備という根本問題が明確になった。
だが、「所長が発した『近くに待機せよ』との命令が、
所員によく伝わらずに」と書くべきところを、
「所員が命令に反して」と書いた点が、
政権およびその周辺の諸勢力から、
所員を貶(おとし)める「誤報」だと攻撃される。
高まる朝日バッシングで、
じり貧傾向にあった部数がさらに大きく落ちる中、
同社は社長以下が辞任するところまで追い込まれ、
著者も報道の現場から外された。
官邸側の攻撃の裏には、
朝日新聞とテレビ朝日の関係を弱める意図があったと、著者は読む。
その後の展開から見てその通りだろう。
社内でも、旧来の縦割りを無視して活動する特別報道部に対する、
政治部、社会部、経済部などの各部からの反撃が、
それぞれと結びついた政治家、官庁、企業などをバックに
起きていたのではないか。
(略)