佐藤優評:バーリン/桑野隆訳『ロシア・インテリゲンツィアの誕生 他五篇』(岩波文庫、2022)

クリッピングから
毎日新聞2022年7月2日朝刊
「今週の本棚」佐藤優評(作家、元外務省主任分析官)
『ロシア・インテリゲンツィヤの誕生 他五篇』
 <バーリン著、桑野隆訳 (岩波文庫・1111円)>



  この論集には英国の文芸批評家で思想家の
  アイザイア・バーリン(1909~97年)が48~56年に発表した
  「ロシアと1848年」「ロシア・インテリゲンツィヤの誕生」
  「ペテルブルクとモスクワにおけるドイツ・ロマン主義」など
  合計6作品が収録されている。


  そのうち現下のロシアを理解するのに最も役立つのは
  「ロシア・インテリゲンツィアの誕生」(初出55年)だ。
  ロシアの宗教哲学ニコライ・ベルジャーエフが強調していることだが、
  インテリゲンツィアというのはロシア特有の現象で
  欧米の知識人とは異なる概念だ。
  バーリンベルジャーエフと同様に考えている。
  (略)


  ところが今年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻後、
  再びインテリゲンツィアが動き出した。
  ロシアの政府系テレビでは、
  ビャチェスラフ・ニコノフ、アンドリャニク・ミグラニャンなど
  ペレストロイカ期、エリツィン期に
  改革派として活躍したインテリゲンツィアが
  プーチン大統領の「特別軍事行動」(戦争)を断固支持している。
  若手では、ドミトリー・スースロフ高等経済大学教授のような
  欧米の事情に通じた国際派の学者がプーチン支持の姿勢を鮮明にしている。


  評者はこれらのインテリゲンツィアは、
  プーチン後、ロシア社会に大転換が到来することを予測しながら
  政府の軍事政策を支持すると擬装し、
  新しい世界秩序でロシアが然(しか)るべき位置を占めるための
  準備をしているのだと思う。
  (略)


  21世紀のロシア・インテリゲンツィアは
  ウクライナ戦争を通じてロシアの大国性を
  国民に自覚させようとしているのだと思う。