本書はロシアで2020年に出版され、
日本語訳初版が2021年8月に発売された。
アレクサンドル・カザコフ/佐藤優監訳・原口房枝訳
『ウラジーミル・プーチンの大戦略』(東京堂出版、2021)を読む。
本書第一部「ローマとビザンツの間で」のある箇所で
僕は背筋がゾッとなった。
引用する。
例えば、アメリカの大戦略はオープンであると言える。
このことから、なぜ、プーチンは
その大戦略を秘密にしておくのか問うことも可能だ。
答えは、奇妙なことかもしれないが、単純である。
プーチンがその大戦略の秘密を、
たとえ近い将来の目的や遠い将来の目的だけでも明らかにすれば、
彼は……敗れてしまうだろう。
その大戦略が成功するかどうかは、
まさにそれがすべての者にとって
どれほど秘密のままになっているかに左右されるのだ。
具体的な例を挙げて説明しよう。
ウクライナとドンバスについてである。
これらの地域に対するプーチンの計画と戦略を知っている
と言える者はいるだろうか?
例えば、もし近い将来にドンバスを、
そしてその後、崩壊の時を経てウクライナ全体を
一部ずつロシアに統合するつもりだとプーチンが公然と宣言したとしたら、
この戦略的な目的の達成は容易になるだろうか?
無論、否である。
すべての敵、反対者、そして慎重すぎる友人たちにさえ、
プーチンの「グレートゲーム」を破壊するためには、
どこに反撃したらいいのか、わかってしまうだろうからだ。
というわけで、プーチンが素晴らしい学校を出た
極めて優秀なインテリジェンス・オフィサーだったことを認めておくべきだろう。
(pp.44-45)
佐藤優執筆の「解説」から引用する。
本書の著者アレクサンドル・ユリエビッチ・カザコフ君
(いつもサーシャという愛称で呼んでいるので、
この解説でもサーシャと記す)は、私の親友だ。
私がモスクワの日本大使館に一九八七年八月から九五年三月までの
七年八ヶ月勤務していたときにできた生涯付き合うことになる友人の一人だ。
その中でもサーシャは別格だ。
なぜなら他の友人は、大使館で私が勤務するようになってから
仕事を通じて知り合ったのに対して、
サーシャは私がモスクワ国立大学に留学しているときにできた友人で、
仕事上の利害関係を持っていなかったからだ。
(略)
サーシャは、私より五歳年下だが、早熟の天才だった。
私は、一九八七年一〇月にモスクワ国立大学哲学部の
科学的無神論学科(現在の宗教史・宗教哲学科)でサーシャと知り合った。
しかし、一緒に机を並べて勉強したのは二ヶ月にも満たなかった。
ある事件をきっかけにサーシャは反体制運動に深入りするようになり、
学校に出てこなくなった。
そして、出身地のリガ(ラトヴィア共和国の首都)で、
ロシア人でありながらラトヴィア人民戦線の幹部になり、
ラトヴィアのソ連からの分離独立運動を画策し始めた。
(pp.448-449)
プーチン大統領の内在的論理、
ロシア人の集合的無意識へ可能な限り接近しなければ
いま世界で起きていることは正確には理解できない。
2年前にロシアのウクライナ侵攻を予言していた本書は
僕たちのそうした地道なアプローチを助けてくれる。
原著タイトル『лис севера』は
ロシア語で「北の狐」の意味である。
(サーシャが実質的主人公である作品。新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞)
(ソ連崩壊をスクープした産経新聞元モスクワ支局長・斎藤勉を主人公に描いた小説)