戦後の食品三大発明 <カニカマ>50年史(1972-2023)

クリッピングから
朝日新聞2023年8月26日朝刊別刷be
「はじまりを歩く」 
カニカマ(石川県七尾市広島市



  「変な食品」、カニカマは
  石川県七尾市の水産加工会社、スギヨが開発した。
  (略)


  開発のきっかけは1960年代。
  中国との関係が冷え込み、食用クラゲの輸入が滞る。
  スギヨには「人工カラスミ」などをつくっている実績もあった。
  「人工的に食用クラゲを作ることはできないか」と話がくる。
  創業家に婿養子で入り後に社長になる杉野芳人さん(故人)と
  社員、清田稔さん(86)が中心となり開発が始まる。
  (略)


  めげることはなく研究を続ける杉野さんはある日、
  開発中の食材を細断すると、カニのような食感になることに気づく。
  「これでカニ、つくれないかな?」。
  クラゲがカニに化けた。
  急きょ方針転換し、かまぼこを使い、
  昆布やカツオだしでカニ風味を調えた最初のカニカマができる。
  フレーク状の「珍味かまぼこ かにあし」は72年7月に発売された。


  最初はまったく売れなかったという。
  築地市場に持って行くが「カマボコ?」と相手にされない。
  興味を持った市場外の1軒の問屋が扱って2カ月後、人気に火がつく。
  問屋から仕入れた料理人の間で
  「これはおいしい。すごい商品だ」と評判になる。
  バカ売れ。
  トラックが着くと、仲買人が奪い合った。
  高度経済成長期、カニは高級な食材になっていたのである。
  (略)


  「かにあし」発売から5年後には、低カロリーのカニカマは
  「ヘルシーな食品」として海外でも人気になる。
  円高で輸出が厳しくなると、米国に工場を建てた。
  昨年、カニカマは誕生から50周年を迎えた。
  いまやインスタントラーメン、レトルトカレーと並んで
  「戦後の食品三大発明」と言われる。


  スギヨの推計によると2021年の世界のカニカマの生産量は約50万㌧。
  生産量の1位はEUで16万6500㌧、
  そのうち半分近くはリトアニアが占める。
  2位は米国の9万3300㌧。
  日本は3位で7万㌧。
  以下、タイ、中国と続く。
  海外では「surimi(すり身)」と呼ばれ、
  サラダやすし、鍋料理の具などとしても人気だ。
  (略)


  「まるでかに!」。
  スギヨが最新の技術と知見を使い、
  「北陸の美味」コウバコガニ(メスのズワイガニ)に、
  カニ肉の線維1本から似せてつくったカニカマ「香り箱」は
  06年、農林水産祭で天皇杯を受賞した。
  今年3月には「香り箱」をグレードアップした
  「香り箱 極(きわみ)」を発売。
  7月には老舗旅館「加賀屋」と組んで
  カニカマを使ったフルコース料理を披露し、ニュースになった。
  (略)


  元社員の清田さんは
  「カニカマをつくったときは5年か10年に1度の発明と思ったが、
  それが50年に1度の発明になった。驚いている」という。
  こんな話もした。
  「あの時、人工クラゲの製造に成功していたら、
  カニカマが誕生したかどうか。
  わからんものですね……」。


  社史には、
  「失敗だと思った物から別のアイデアが出てくる 
  壁に直面しても、その先に想像もしなかった発見がある」
  という記述もある。
  カニが前へ歩かない。
  人生も仕事もヨコ歩きするから面白い。
  食卓のカニカマが語るものは、なんだか深そうなんである。

               (文・大嶋辰男、写真・外山俊樹)


(スギヨ公式HPより)