水換えを引き継ぐ人はいないから(本田 岳)

クリッピングから
讀賣新聞2024年1月15日朝刊
読売歌壇(俵万智選)
今週の好きな歌3首、抜き書きします。


  水換えを引き継ぐ人はいないから
  花瓶を洗う退職の朝

        大和郡山市 本田 岳


    【評】仕事の引き継ぎは済ませたのだろうが
       「花を飾る」という個人の営みは、
       次の人に強制するわけにはいかない。
       マメに水を換え、職場に花を飾ってきたこの人の仕事人生。
       その仕上げのような下の句が胸に響く。


  ひよどりの鋭く鳴きてゐる午後の
  耳の螺旋に沁みこむ寒気

        市原市 井原茂明


    【評】耳という常に外気にさらされている器官の特徴を生かして、
       冬の空気感が伝わってくる。
       入ってくる音と寒気。
       「螺旋(らせん)」が印象的だ。


  冬らしい気圧配置になるらしい
  私はわたしらしいでしょうか

         国立市 武井恵子



万智さんが選ぶ年間賞、決まりました。


  まず土地に杭を打ち込むようにして
  二人暮らしにたてる歯ブラシ

         越谷市 あきやま


    【評】暮らしの基本は、歯磨きのような日常だ。
       週末デートに花を飾るのとは違う。
       同棲(どうせい)を始める時のウキウキ感だけではなく、
       地味な覚悟が伝わってくるのがいい。
       基礎工事を思わせる「土地に杭(くい)」が
       人生の土台をしっかり作ろうという気概とともに、
       歯ブラシの形状とも響きあい、うまい比喩になっている。

                           (俵万智