村上春樹『象の消滅—短篇選集1980-1991』(新潮社、2015)


表題作含む8篇は既読だった。
収録された全17篇のうち、残り9篇が未読だ。
仕事を終え、家に帰り、
二匹の猫(大王、楽浪)の世話を済ませて、本を開く。
村上春樹象の消滅村上春樹短篇選集 1980-1991』
(新潮社、2015)を読む。


編集者ゲイリー・L・フィスケットジョン「刊行に寄せて」に続き
アメリカで『象の消滅』が出版された頃」が掲載されている。
村上自身の力のこもった文章だ。
一部を引用する。


「象の消滅」 短篇選集 1980-1991

「象の消滅」 短篇選集 1980-1991


   ゲイリーもメータ(引用者注:原著を出版したクノップフ社代表)も
   「アメリカのマーケットでは、よほど名前の通った作家じゃないと、
   短編集はまず売れない。だからあまり期待しないように」
   と出版前から予言していたのだが、
   たしかにハードカバーの実売部数は
   予想どおり(というか)寂しいものだった。


The Elephant Vanishes: Stories

The Elephant Vanishes: Stories

(Knopfオリジナル。Amazon古書では6,000円以上の値が付いている)


   93年にプリンストン大学の生協でサイン会をやったときには、
   たった15冊しか売れなかったことを記憶している。
   このへんが僕にとっての、
   アメリカ・マーケットでのいわば「冬の時代」だった。
   

   これまでと同じように文芸業界での評判は悪くなかったし、
   書評でも数多く取り上げられたことが慰めではあったけれど。
   でも今になって振り返ってみれば、
   僕にとって何にも増して嬉しいのは、
   この本が息長く今でも売れ続けていることである。


The Elephant Vanishes

The Elephant Vanishes

(Vintageペーパーバック。読むにはこれで十分)


   『象の消滅』はランダム・ハウス社の
   トレード・ペーパーバック部門であるヴィンテージから
   廉価版として翌年出版され、
   何度も装丁を変えながら、
   十年以上にわたって一度もカタログから消えることなく
   出版されている。


   実際に全国の書店の棚に並んでいるし、
   地道にではあるけれど
   「ロング・セラー」として、人々の手に取られ続けている。
   部数も順調に増えている。


   これは作家にとってみれば実にありがたいことだ。
   一時的なベストセラーになって、
   あとでさっと忘れられてしまうより、
   はるかに良かったと思う。
   (略)


   別の言い方をすれば、
   この本は僕の個人史の中で、
   ひとつの里程標のような役目を果たしている。
   見かけはささやかだけれど、
   それなりに中味のある里程標だ。


   しかしそんなことは、
   一般読者にとってはおそらくどうでもいいことだろう。
   それはそれとして、
   僕がキャリアの初期(1980年から1992年にかけて)に書いた
   短編小説の、ちょっと毛色がかわったひとつのセレクションとして、
   手に取っていただければ、そして楽しんでいただければ、
   著者としてそれにまさる喜びはない。
   (略)
                      2005年1月
                     (p.20, pp25-26)



そして僕は、2018年8月、
村上春樹の、ちょっと毛色がかわったひとつのセレクションとして、
この本を手にし、楽しんだ。
アメリカ・マーケットでの村上「冬の時代」から
25年の時が流れた。


村上春樹「象の消滅」英訳完全読解

村上春樹「象の消滅」英訳完全読解

沼野充義さんのNHKラジオ名講義の集大成。
おそらく版権の都合で収録されていない朗読をもう一度聴きたいなぁ)