作家が創造した「かか弁」を読むことに少し習熟してくると、
俄然楽しくなって、物語に入って行けた。
宇佐見りん『かか』(河出書房新社、2019)を読む。
「かか弁」について、
作者は小説の中でこう書いている。
イッテラッシャイモス。
うたうような声がして、しましま模様の毛糸のパジャマに身を包み
前髪を少女のようにばっつし切ったかかが立っていました。
怪我した素足を冷(ひ)やこい玄関の床にぺたしとくっつして
柔こい笑みを赤こい頬いっぱいに浮かべています。
かかが昔早朝から仕事に出ていたときのように、
うーちゃんは本来であればイッテキマンモス、
と答えなくちゃいけんかった。
でも答えませんでした。
このトンチキな挨拶(あいさつ)は
むろん方言でもなければババやジジたちの言葉でもない、
かかの造語です。
「ありがとさんすん」は「ありがとう」、
そいから「まいみーすもーす」は「おやすみなさい」、
おまいも知ってるとおり、
かかはほかにも似非(えせ)関西弁だか九州弁のような、
なまった幼児言葉のような言葉遣いしますが、
うーちゃんはそいをひそかに「かか弁」と呼んでいました。
おまいは都内の中学校入ってからあんまし使わんくなったし、
うーちゃんも家のなかだけとはいえ
恥ずかしくって使わんようにしてた時期もあるんけど、
結局「おまい」ていうこの二人称ですら「かか弁」なんだから
参ったもんですね。
(pp.10-11)
僕は2020年9月25日放送
NHKラジオ・高橋源一郎の「飛ぶ教室」(毎週金曜21:05-55)で
宇佐見とその作品を知った。
高橋は三島賞選考委員を務め、この作品を推し(結果は受賞)、
「あまり使いたくないが、『天才』という言葉を感じさせる」と語っている。
その後宇佐見は、芥川賞受賞直後に番組ゲストとしてやってきた。
「飛ぶ教室」チームは同賞選考前にオファーしていたため、
高橋のインタビューがタイミングよく実現したのだ。
下線部クリックでその概要が読める。
(宇佐見は第二作で2021年、第164回芥川賞受賞)