まぼろしのトーキョーを見る映画館にて(犬口マズル)

クリッピングから
讀賣新聞2021年5月17日朝刊
読売歌壇(俵万智選)


今週も好きな歌3首、抜き書きします。


  誰一人マスクをしないまぼろし
  トーキョーを見る映画館にて

        山梨市 犬口マズル


     【評】かつては当たり前だった光景が、
        今見ると異様な感じに見えてしまう。
        コロナ禍がもたらした感覚の変化が、鮮やかに捉えられた。
        トーキョーの表記が近未来のようで、
        不思議さを際立たせている。


31文字でSF短編小説を読んだような味わいがありました。


  理科室のようにサイフォン並びたる
  店のメニューは手書きの文字で

        三島市 芹沢詩子


     【評】無機的なものの緊張感と、手書き文字の温もり。
        その取り合わせ、そのバランスが、
        店の雰囲気の魅力なのだろう。


  埋まらないあなたと私の温度差の
  結露としての涙を流す

        四日市市 群青更紗


     【評】情熱の違いを比喩として表す「温度差」という言葉。
        それを文字通りの温度差として、
        結露の比喩に持ち込んだ力技が光る。


この比喩の使い方を「力技」と評した万智先生。
そう思って歌を再読してみると、
現在進行形であろう作者の思いに一歩近づけた気がします。


(下線部をクリックすると、同じ作者の別の歌が読めます)


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