受粉後の林檎千本鎮まりて(矢沢寿美)

クリッピングから
讀賣新聞2021年6月21日朝刊
読売歌壇(俵万智選)


今週も好きな歌3首、抜き書きします。


  さっきまで本名だった四文字を
  旧姓にする初夏の市役所

       東京都 吉村おもち


  【評】婚姻届提出の場面。
     「さっき」という軽やかさと
     「四文字」という記号的な表現が印象的だ。
     一大事のような、そうでもないような……という気分が伝わる。
     全体にS音(特に結句)が響いて、
     爽やかな一首となった。


万智先生の評を読み、歌を音読してみました。
「初夏の市役所」のS音の連なり。
指摘されなければ気づかない味わいでした。


  梨畑のあをきネットを膨らませ
  風過ぎてゆく市原に夏

        市原市 井原茂明


     【評】丁寧な描写に、自分の住む町への愛着が滲(にじ)む。
        結句の「に」が動きを出して効果的。
        「の」や「は」と比べてみるとわかる。


「市原の夏」「市原は夏」と比べてみました。
確かに「市原に夏」とは印象がまったく違います。
「に」を使うことで、風が動き出しました。


  受粉後の林檎千本鎮まりて
  夕空はいま嶽のあきらか

        横浜市 矢沢寿美


「嶽」の読み方が分からなくて漢和辞典を引きました。
「岳」の旧字で「たけ」と読むのですね。
静寂の夕景に鎮まる千本の林檎の木が見えてくるようです。
(下線部クリックで同じ作者の別の作品が読めます)


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