トマス・ピンチョン/佐藤良明+栩木玲子訳『ブリーディング・エッジ』(新潮社、2021)

訳者代表の佐藤良明が解説で本書をこう紹介している。


  近現代の<アメリカ>を、
  あるいはアメリカを巻き込んで進む世界の<システム>を、
  そのスタート地点から現代まで、
  百科全書的な知識を駆使し、
  小説という自由な形式によって語りのめすことを
  この作家は自らに課している。
  その壮大な企画を少しも変えずに、
  時代的スコープを『ヴァインランド』(引用者注、1990年作品)から
  20年近く更新して21世紀に踏み込んだのが本作である。

                      (p.686-687)


トマス・ピンチョン/佐藤良明+栩木玲子訳『ブリーディング・エッジ』
(新潮社、2021)を読む。



表2から引用する。


  2001年春、マンハッタン。
  企業の不正会計の調査を生業とするマキシーンのオフィスに、
  ドキュメンタリー映像作家のレッジが久しぶりに現れた。
  自分を雇ったIT企業の実態がつかめず、どうも怪しいという。


  ツテをたどり、当の巨大企業「ハッシュスリンガーズ」と
  その創業者ゲイブリエル・アイスの周辺を調べていくと、
  中東圏への巨額の資金の流れやウェブの深部で蠢く陰謀、
  そして近所の高層アパートメントの屋上から映した不審な映像が
  つぎつぎ明らかになる。


  マキシーンがシングルマザーとして息子たちを育てるこのマンハッタンで、
  とてつもなく恐ろしいできごとが起ころうとしていたーー。


682ページの本編に付けられた訳注が凄い。
物語の舞台になっているニューヨークに視点を定め、
アメリカのテレビ、音楽、映画、ゲームなどに関係する
固有名詞と年代が偏執狂と思えるほど詳細に記される。


原作に散りばめられた具体性、大衆性への執着を
その細部まで読者に精確に届けようとする
訳者たちの面白がり精神、翻訳魂が伝わってくる。
英語原文とこの翻訳書を並べて読んでみたいものだが、
日本語で読むだけでも相応のエネルギーが必要だったのだから
僕には見果てぬ夢かもしれない。


佐藤を代表とする訳者チームは、
ピンチョンが50年かけて執筆した9タイトルの全小説を
2010年から11年かけてすべて日本語に翻訳した。
訳者には柴田元幸の名前も見える。


本書タイトル『ブリーディング・エッジ』は
佐藤の解説によれば


  bleeding-edge という形容詞は、
  時代の最先端(cutting-edge)の技術が
  まだ十分に手懐(てなず)けられていないという、
  アブナい状況を指すのに使われる。

                 (pp.689-690)


トマス・ピンチョン全小説


1963  V.
新訳『V』[上・下] 小山太一+佐藤良明訳



1966 The Crying of Lot 49 
新訳『競売ナンバー49の叫び』 佐藤良明訳



1973 Gravity's Rainbow
新訳『重力の虹』[上・下] 佐藤良明訳


[asin:4105372122:detail]


1984 Slow Learner
新訳『スロー・ラーナー』(初期短編集)佐藤良明訳



1990 Vineland
決定版改訳『ヴァインランド』佐藤良明訳



1997 Mason & Dixon
訳し下ろし『メイスン&ディクスン』[上・下] 柴田元幸


[asin:4105372025:detail]
[asin:4105372033:detail]


2006 Against the Day
訳し下ろし『逆光』[上・下] 木原善彦


[asin:4105372041:detail]


2009 Inherent Vice
訳し下ろし『LAヴァイス』 栩木玲子+佐藤良明訳



2013 Bleeding Edge
訳し下ろし『ブリーディング・エッジ』 佐藤良明+栩木玲子訳