加藤陽子評:E・H・カー/近藤和彦訳『歴史とは何か 新版』(岩波書店、2022)

クリッピングから
毎日新聞2022年7月2日朝刊
「今週の本棚」加藤陽子評/『歴史とは何か 新版』
E・H・カー著、近藤和彦訳(岩波書店・2640円)



  本書は新版の名にふさわしく、87年版を全訳した上で、
  晩年のカーの手になる補註(ほちゅう)・訳者解説・
  略年譜・索引で豊かに構成されている。
  補註は、頁(ページ)の左の訳者註とは別物であり、
  「歴史、history」、「カーの私生活」など、
  重量級の精緻な説明が並んだ必見のもの。


  新版を読んでいると、
  訳者の近藤和彦氏の演習にお邪魔して、
  ケンブリッジ大学でなされたカーの講演についての
  解説授業を受けている気になる。
  訳者は凡例で、明らかに笑いを誘っている箇所には
   [笑] と補ったと書く。
  この大胆な措置は成功だったと思われる。


  未来への楽天的な確信を61年の講演で述べたカーは、
  後年になってもなお、
  「正気でバランスのとれた未来」(第2版への序文)を
  信じていた人物だった。
  余裕ある理性には、笑いがふさわしい。
  (略)


  本書に導かれてカーを再読し、歴史とは何かとの問いを
  カーが立てた画期性に改めて気づかされた。
  事実は自ら語り、意味づけは神が行うと考えられていた
  時代認識を、カーの問いが根本的に変えたのだ。
  カーは常に新しい。