恩田陸『灰の劇場』(河出文庫、2024/河出書房新社、2021)を読む。
「文庫版 あとがき」から引用する。
『灰の劇場』は、雑誌「文藝」に、
2014年から2020年にかけて、六年にわたり連載したものだ。
フィクション(=「1」章部分)と
ノンフィクション(=「0」章部分。
主に、フィクション部分の執筆過程)が交互に続く、
という、自分でも初めての形式で書いた小説だ。
執筆過程の部分は、
ほぼ(多少、特定を避けるために書き換えてある)事実である。
作中で書いてある通り、実際に目にした
1994年9月25日の朝日新聞の三面記事がずっと頭に残っていて、
何人かの編集者に、この事件を基に小説を書きたい、と話したことがあったし、
その一人が河出書房新社の、この小説にも出てくるO氏であり、
実際O氏が当時の新聞記事を探してきてくれた。
(略)
考えれば考えるほど、
「事実に基づく物語」どころか、事実そのものに打ちのめされる。
もし、『灰の劇場』を書き始める前にこの事実を知っていたら。
少なくとも、小説の方向性は全く違うものになっていたはずだ。
もしかすると、やはりこれは私が書くべき因縁の物語だったのだ、
と強く自覚して小説を書き始めたかもしれない。
あるいは、運よく作家デビューでき、生き残ることができた者からの、
二人への鎮魂の作品となっていたかもしれないーー
などという、もっともらしく薄っぺらい、白々しいことは言うまい。
正直に言おう。
もし、この事実を書く前に知っていたら、
私は『灰の劇場』は書けなかったと思う。
この偶然、この符号。あまりにもできすぎだし、
むしろ、わざとらしくて書けない、と判断したはずだ。
モノを書く、ということの不思議さを思う。
(略)
朝日記事のコピーが腰巻に以下の通り掲載されている。
飛び降り2女性の身元わかる
今年四月二十九日に
西多摩郡奥多摩町の北氷川橋(高さ二十六㍍)から
日原川に飛び降りて死亡した二人の女性の身元は、
二十四日までの青梅署の調べで、
大田区のマンションに同居していたAさん(四五)、
Bさん(四四)と分かった。
二人は都内の私大時代の同級生だった。