橋本五郎評:読売新聞政治部『喧嘩の流儀ー菅義偉、知られざる履歴書』(新潮社、2020)

クリッピングから
新潮社PR誌「波」2021年1月号(通巻第613号)
寡黙な新総理を生んだ「人間的営み」の連鎖
橋本五郎(読売新聞特別編集委員
  読売新聞政治部『喧嘩の流儀ー菅義偉、知られざる履歴書』
  (新潮社、2020)


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(表紙はミシェル・フーコー(筆蹟も)。カット/平松麻 表紙デザイン/佐瀬圭介)


(写真/読売新聞社 装幀/新潮社装幀室)


  マスコミのもっとも大切な役割とは何だろうか。
  よく言われるのが「権力批判」である。
  それが唯一無二であるかのように主張する論者も少なくない。
  私はそうは思わない。
  この世の「なぜ」に答えることだと信じて疑わない。
  もちろん「権力批判」もその中の一つではある。


  新型コロナウイルスの感染者も死亡者も
  先進各国と比べ格段に少ないにもかかわらず、
  なぜ政府のコロナ対応は国民に評価されないのか。
  安倍首相と菅官房長官との間になぜすきま風が吹くようになったのか。
  今井補佐官と菅はなぜ対立・緊張関係だったのか。
  麻生副総理・財務相はなぜ菅が嫌いなのか。
  安倍辞任を事前に知っていたのは誰なのか。


  ここ一年の政治に限っても無数の「なぜ」がある。
  政治はすぐれて「人間的な営み」である。
  互いの利害や好き嫌い、怨念などの感情に大きく左右される。
  「なぜ」と人間が描かれていなければ、事の真相には迫れない。
  本書を読んでいると、その期待に充分応えていることがわかる。


  二十五年以上離れているとはいえ、
  政治部の後輩たちの作品を高く評価することに
  「身びいき」の批判が出るかもしれないが、
  推奨に値することだけは確かである。

                         (p.30)


本書「おわりに」から引用する。


  本書を執筆するために取材した首相官邸幹部の一人から、
  こんな言葉を聞いた。
  「官邸には権力や、権力を求める人間が発する独特の匂いがある」。
  

  この幹部によれば、官邸内でも首相補佐官らが詰める4階と、
  首相や官房長官が執務する5階では、また空気が違う。
  「息苦しささえ感じる」という5階には、
  権力の匂いがより濃厚に立ちこめているのだろう。
  本書は、その官邸を舞台とした人間模様を追ったドキュメントである。

                             (p.221)


  (読売新聞東京本社政治部次長 川上修/引用者注:川上は、
   政治部の芳村健次、今井隆、白石洋一とともに本書を執筆。監修も務めた)


本書には評者も一度だけ登場する。
2020年9月12日、東京・内幸町の日本記者クラブで開かれた
自民党総裁公開討論会の場面だ。


  菅はこれまでの失敗のせいか、
  時折メモを確認しながら、安全運転に徹した。
  冒頭発言で「縦割り行政、そして前例主義、さらには既得権益を打破し、
  規制改革を進め、国民の皆さんに信頼される社会を作っていく」
  と意欲を示した。


  菅がムキになる場面もあった。
  読売新聞特別編集委員橋本五郎
  「菅さんは外交が未知数という指摘に、
  自分はずっと首脳会談に同席していたんだと。
  ただ、同席するってことと相手のトップと交渉するのは違う」と指摘すると、
  「同席をしてたから何もやってないというような(ことはない)。
  電話会談に同席するということは、事前にどういう話をするとか、
  どういう政策を提案するとか、
  そうしたことをすべて事前に相談を受けている中で、
  電話会談に出席しています」と色をなした。

                                 (p.217)


政治権力の中枢における人間的営みは、
日々新聞を拾い読みしているだけでは断片的な情報になりがちだ。
本書を通読して、この一年の日本政治の「無数のなぜ」に
アプローチする手がかりが得られた。

                    編集担当:堀口晴正(新潮社) 


新聞の力―新聞で世界が見える―

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  • 作者:橋本五郎
  • 発売日: 2020/07/09
  • メディア: 単行本
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