鴻巣友季子評:アンナ・ツィマ『シブヤで目覚めて』(河出書房新社、2021)

クリッピングから
毎日新聞2021年5月8日朝刊
「今週の本棚」鴻巣友季子評(翻訳家)
『シブヤで目覚めて』アンナ・ツィマ著、阿部賢一・須藤輝彦訳
河出書房新社・2970円)


シブヤとプラハで二人に分裂した
日本フリークのチェコ人女子学生。
彼女の目に日本近代文学がどう映ったのか、
鴻巣の書評を読むうち、もっと知りたくなった。


シブヤで目覚めて

シブヤで目覚めて


  じつに刺激的で痛快なチェコ小説が翻訳された。
  失われた日本近代文学を探すミステリであり、
  ラブコメであり、分身小説であり、
  入れ子状の「虚構内虚構小説」であり、翻訳小説でもある。


  翻訳小説とは、邦訳された小説という意味ではない。
  翻訳作業そのものを描く小説であり、
  その訳文が小説の一部を組成する小説であり、
  翻訳を通して何度も生まれ直す小説という意味だ。


  主人公は、プラハの大学で日本文学を専攻する
  「ヤナ・クプコヴァー」という日本フリークの女子学生と、
  シブヤの街に幽霊として閉じこめられてしまうもう一人のヤナ。
  十七歳で日本に遊びに来た際、日本を思うあまり、
  二人に分裂してしまったのだ。
  プラハに戻ったヤナはそれを知らない。
  (略)


  本書においては、ヤナやクリーマ(引用者注:日本学博士課程の
  超秀才。ヤナの恋人)だけでなく、
  菊池寛関川夏央高橋源一郎もそのなかで生きなおす。
  ヤナたちのように共訳を行った訳者ふたりも
  実人生と虚構内の生を生き重ねたのではないか。


  「世界文学とは、翻訳を通じて
  いっそう豊かさを増す作品群のことだ」
  という比較文学者ダムロッシュの有名な定義を記しておきたい。


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文中に名前が出てきた高橋源一郎さんが校長を務める
「飛ぶ教室」(NHKラジオ第一、金曜21:05-21:55)
「ヒミツの本棚」で取り上げてほしいな。


翻訳教室 ――はじめの一歩 (ちくま文庫)

翻訳教室 ――はじめの一歩 (ちくま文庫)

(鴻巣が案内役を務めたEテレ「100分de名著」)