下巻を読むのに1年半近くかかった。
上下二巻の翻訳には足掛け7年を要した仕事だ。
イアン・カーショー/福永美和子訳・石田勇治監修
『ヒトラー 下 1936-1945 天罰』(白水社、2016)を読む。
「序文」から引用する。
この伝記の上巻『ヒトラー 上 1889-1936 傲慢』では、
なぜ高度に発展した文化や経済をもつ近代国家の国民が、
一人の政治的アウトサイダーに権力を委ね、
自らの運命を託したのかを示そうとした。
その人物、ヒトラーには特別な才能などなく、
あるとすれば、扇動家と宣伝家としての
疑う余地のない能力だけだったのだ。
ヴァイマル共和国大統領ヒンデンブルクの周囲にいた
有力者たちの策謀によって首相に就任するまでに、
ヒトラーが自由選挙で獲得できたのは、
ドイツの有権者のわずか三分の一の票にすぎない。
他の三分の一を占めた左派の有権者は、
内部では混乱していたものの、
ナチ党に対しては断固とした反対の立場をとり、
残りの三分の一はしばしば懐疑的で傍観的であり、
ためらいがちで不確かだった。
(略)
これは個人と国民の自己破壊の凄まじい物語であり、
ある国民とその代表者たちが、
どのようにして自らの破滅を引き起こしたかについての物語である。
それはヨーロッパ文明の悲惨な破壊の一部をなしていた。
その結果は知られているが、なぜそれが起きたかについては、
もう一度考察する価値があるだろう。
本書がその理解を深める一助となれば幸いである。
(pp.17-20)
「訳者・監修者あとがき」から引用する。
本書を読んで圧倒されるのは、
史料に立脚した記述と同時に、これまで出された膨大な研究文献を読みこみ、
それを逐一検討しながらバランスよく総合し、
かつ、独自のテーゼに従ってまとめなおしていることである
(細部は注で言及されているが、その読書量には頭が下がる)。
また、日記、同時代の調査など、
社会史的な関心を反映する史料の選択も特徴的であり、
個人を中心にした伝記的な歴史記述でもなく、単なる政治史でもない、
本書の独特の歴史記述の実現に一役買っている。
いずれの意味においても、
二〇世紀のナチズム研究、ヒトラー研究の成果を
総括するかのような集大成であり、
今後の研究の基礎に置かれるべきスタンダードワークである。
(p.869)
(同著者のヨーロッパ近現代史。第一次世界大戦がヨーロッパに与えた衝撃が初めて想像できた)